王子ホールマガジン 連載
ピアノという仕事 Vol.5
アレクサンドル・メルニコフ
王子ホールマガジン Vol.33 より 数ある西洋楽器のなかでもメジャーな存在といえば、ギターやフルート、ヴァイオリン、そしてなによりピアノだろう。だがピアノで食べている人間はそう多くない――ほとんどの場合は子供のころの『お稽古』で終わるものが、長じて生活の糧を得る手段となるまでに、どういった変遷をたどるのだろう。この連載では王子ホールを訪れる、ピアノを仕事とする人々が、どのようにピアノと出会い、どのようにピアノとかかわっているのかにスポットをあてていく。 今回ご紹介するのはモスクワ出身のアレクサンドル・メルニコフ。どうやら小さい頃から何でも「弾けてしまう」天性の持ち主のようだが、たいへんな知性の持ち主であり、また非常に研究熱心な音楽家だ。 |
アレクサンドル・メルニコフ(ピアノ) モスクワ生まれ。16歳の時、著名国際コンクールで矢継ぎ早に上位入賞を果たす。リヒテルにその才能を認められ、巨匠クラスの音楽家との交流を通して独自の音、色彩を完成させた。各国の一流オーケストラ/指揮者とも共演を重ねており、リサイタルや室内楽でも好評を得ている。2台ピアノ作品をアンドレアス・シュタイアーらと、またフォルテピアノで古楽器集団コンチェルト・ケルンと定期的に演奏するなど、コラボレーションも多い。ハルモニア・ムンディから多数のアルバムをリリースしている。 |
Q ピアノに出会ったのは何歳のときでしたか? アレクサンドル・メルニコフ(以下「メルニコフ」) 私には13歳上の姉がいて、生まれたときからずっと彼女の練習するピアノの音を聴いていました。自分の原風景のひとつと言っていいでしょう。でも自分がいつから弾き始めたのかは憶えていないんです。おそらく7歳とか、比較的遅くから始めたはずです。両親が私を近所のピアノの先生のところへ連れて行ってくれたようで、それからすぐにモスクワ音楽院に通うようになりました。 Q ということは早くから才能が認められたわけですね。 メルニコフ そのようですね。幼少期のピアノ体験として憶えているのは、自分が1時間とか2時間とか練習をすると、周りの大人がみんな満足するということでした。1時間やそこらこの楽器を弾けばあとは好きに遊べるのだから、まあやってやろうという気持ちでいたわけです(笑)。自ら進んでピアノを学ぼうというタイプではありませんでした。 Q ではいつから学びたいという意識が芽生えたのですか? メルニコフ 徐々に生まれていきました。自分が熱意をもって演奏に取り組むようになったのは12、3歳のころでした。学校は厳しかったし、その厳しいなかでもトップの成績を収めるようになっていましたが、子どもの頃の自分は決してピアノが好きなわけではなかった。だから「うちの子はピアノが好きで好きでしょうがないのよ」とかいう話を聞くと、「ウソだろ?」って思ってしまう(笑)。5歳ぐらいの子どもがそこまでピアノに夢中になれるものではないと思ってしまうんです。自分が間違っているだけかもしれませんが。 Q 小さい頃はもっと別のことに興味があったのですか? メルニコフ ええ、電車や飛行機が好きでした。だから小さい頃は電車の運転士になりたかったし、初めて飛行機に乗ってからはパイロットになりたいと思った。もちろん音楽も好きでしたよ。幸運なことに音楽への愛情は年齢を重ねるごとに深まっています。今年は去年よりも、去年はおととしよりも音楽が好きになっている。年々、生活面での煩わしさが増える一方で、音楽からますます多くの満足を得られるようになってきました。これについては心から恵まれていると思います。 Q ピアノという楽器に限定するとどうですか? メルニコフ 自分は昔からいわゆる『ピアニスティック』な志向が一切なくて、自宅で音楽を聴くときもピアノ作品を聴くことは滅多にありませんでした。だからピアノという楽器そのものに夢中になることはなかった。でもある時期から古楽器に興味を持つようになり、様々なフォルテピアノのメカニズムを学んでいくうちに現代のピアノの仕組みを知り、ほとんど奇跡的といえるその構造に親しむようになって、ようやくモダンピアノの演奏も楽しめるようになってきました。それまでは夢中になってピアノを触るほどではなかったし、幸い周囲の大人も強要しませんでした。 Q これまでにスヴャトスラフ・リヒテルをはじめ多くの巨匠の薫陶を受けてこられたと伺っています。 メルニコフ リヒテルに師事したというわけではありませんが、とても若いときに彼の知己を得ることができた。あれほど巨大な人物ですから、確かに影響は受けています。今になって振り返ると、もっと積極的に教えを乞えばよかったと思います。でも自分はまだ幼かったし、正直言ってしまうとリヒテルというだけでビビッてしまってそれどころではなかった(笑)。 Q シンフォニーなども好んで聴くとおっしゃっていましたが、指揮への興味は? メルニコフ これは簡単。まったくもって「ノー」です。指揮をするにあたっては学ぶべきことがたくさんあるし、指揮に向いている資質というものもあります。そして私は自分にその資質がないことを、はっきり自覚しています。世の中には指揮のやり方を知らずに指揮をしたがる器楽奏者がたくさんいますけど、自分は違います。 Q 室内楽は小さい時からやってらしたのですか? メルニコフ もちろん学生のころからやっています。若いときから室内楽に取り組むというのは非常に実利的なことだと思います。というのも室内楽を通して自分がいつもピアノで弾いている作曲家が他の楽器をどう扱うのか、様々な楽器の関係性をどう捉えているのかを知ることができる。ピアノ作品を多く残した作曲家もいればそうでない作曲家もいるなかで、そうした知識を得ることは糧になります。 Q 来年2月にはイザベル・ファウストと3日間にわたってベートーヴェンのヴァイオリンとピアノのためのソナタを全曲演奏なさいます。ハルモニア・ムンディからリリースされた全曲アルバムも最大級の賛辞を贈られていますね。(編集部注:12月発行予定の弊誌Vol.34にて、メルニコフによるベートーヴェンとその作品についての解説をご紹介します。) メルニコフ イザベルと初めてベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタを演奏したのは、確か2002年ごろでした。ハルモニア・ムンディというレコード会社を紹介してくれたのも、実はイザベルなんです。彼女が録音することになっていたドヴォルザークのアルバムでトリオを一緒に演奏して、その後はトントン拍子に話が進んで、自分もアルバムをリリースするようになりました。小さいレコード会社ですけど、自分やイザベル・ファウストやジャン=ギアン・ケラスといった音楽家にとってはものすごく大事な存在です。会社自体もそうだし、スタジオやプロデューサーも含めてまさしくファミリーと呼ぶにふさわしい。 Q この先はどのようなプランが控えているのですか? メルニコフ 録音については多くのプランがあります。モダンピアノとフォルテピアノの両方でレコーディングする予定です。自分はアルバムを軸としてコンサートのプログラムも組み立てるようにしています。その逆もまた然りで、コンサートで実演せずにレコーディングだけ行うということもありません。両者は互いに補完する関係にあるんです。もちろん今回(N響5月公演)代役で来日したように突発的な出来事もありますけど、それはそれで歓迎します。実際問題、自分がこの先どれだけの録音を残せるかわかりませんし、人生何が起きるか分かりませんから、できるうちにできるだけのことはやりたいですね(笑)。 (文・構成:柴田泰正 写真:横田敦史 協力:ジャパン・アーツ) |
【公演情報】 2012年 |
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