インタビュー ジュリアード弦楽四重奏団
王子ホールマガジン Vol.17 より 1946年に結成されたジュリアード弦楽四重奏団は、昨年からモスクワやイスタンブール、ヘルシンキ、コペンハーゲン、バルセロナなど世界各国で結成60周年の記念公演を開催。日本ではこの5~6月にかけて2週間にわたるツアーを行いました。王子ホールでは2夜にわたってバルトークの弦楽四重奏曲全6曲を演奏。密度の濃い円熟のアンサンブルで深い感銘を与えてくれました。NHK「芸術劇場」でコンサートの模様をご覧になった方もいらっしゃるのではないでしょうか。2週間のスケジュールを終えた帰国前日、成田のホテルにて4人にお話を伺いました。 |
ジュリアード弦楽四重奏団 ジョエル・スミルノフ、ロナルド・コープス(ヴァイオリン) 1946年、ロバート・マンをリーダーとする4人のジュリアード音楽院の若手教授により結成された。翌47年、ニューヨークでデビュー。バルトーク、シェーンベルク、ベートーヴェンの演奏でたちまち注目を集める。世界各地をツアーするとともに、タングルウッド音楽祭、ラヴィニア音楽祭には毎年出演。49年以来、現ソニー・クラシカルと多岐にわたる録音プロジェクトを展開。「バルトーク全集」により86年全米レコード芸術科学国立アカデミーに殿堂入りするなどその栄誉は枚挙にいとまがない。62年に前任のブダペスト弦楽四重奏団の後を継いでアメリカ議会図書館のレジデントに就任。以来議会図書館の演奏会では、36年に寄贈されたストラディヴァリウス4本をいつも使用している。本拠地ジュリアード音楽院でも指導者として室内楽アンサンブルを振興する大きな役割を担っている。 |
60周年記念ツアーを終えて ――2週間にわたる日本ツアーが終わりましたが、いかがでしたか? ジョエル・スミルノフ ジョエル・クロスニック(以下クロスニック) 楽しんでやりましたよ。マネージャーはじつによく面倒を見てくれるし、日本食もおいしい。 ジョエル・スミルノフ(以下スミルノフ) それにオーディエンスが素晴らしい。日本のお客さんは世界でもトップレベルだと思います。 クロスニック 地方や会場の大きさに関係なく、集中力と教養のあるお客さんがとても多いですね。年齢層も若い世代からシニアまで幅広い。これはとても珍しいことで、ヨーロッパやアメリカでは考えられないことです。 サミュエル・ローズ(以下ローズ) ほんとうに幼い子たちも来ますしね。旭川では5~10歳ぐらいの子どもたちがたくさん来てくれました。落ち着かないかなと思っていたのに、みんなすぐに集中してくれた。 ――今回のツアーでは城北学園(東京都板橋区)でも演奏会もおやりになりましたね。 クロスニック モーツァルト≪不協和音≫、シューベルト≪死と乙女≫からそれぞれひとつ楽章を弾いて、それからバルトークの第3番を弾いたのですが、とくにバルトークは前のめりになって聴いてくれましたね。 スミルノフ なぜかバルトークは若者、とくに男の子にウケるんですよ。バルトーク自身が悪ガキだったからでしょうかね(笑)。 ロナルド・コープス(以下コープス) 学生に関していえば、どこの国でも集中して聴いてくれる生徒はいるものの、ひとつの集団となるとザワザワとしてしまいがちです。だからこそ学校全体で演奏会を聴く機会を設けるのは、団体行動を学ぶうえで大事なことですね。 ロナルド・コープス ――アメリカでも現代曲に学生が集中していたという経験はおありですか? 全員 もちろん! ローズ テキサスの田舎町でもそうでした。シェーンベルクの弦楽四重奏曲を演奏したときのことですけど、このうえなく難解な作品なのに、みんなすっかりのめりこんでいましたね。 クロスニック 先生方は、『現代作品はちゃんと解説しないと理解できない』と考えることが多いのですが、ある部分では説明など一切なくても伝わるものがありますね。 ローズ リズムも含めて、短い時間に高出力のエネルギーを発散するというか、そういった面が現代的なのかもしれません。 ――ところで今回のツアー中に何かハプニングはありましたか? スミルノフ 他のメンバーは気づいていないかも知れないけれど、実は昨晩あったんです。アンコールの2曲目で、モーツァルトの≪不協和音≫から第3楽章のメヌエットを弾こうということになりました。ステージに出て気がついたのですが、私だけ楽譜がない(笑)。しかたがないから暗譜で弾きました。 ローズ それは気づかなかった(笑)! スミルノフ バレないようにわざわざ眼鏡をかけてましたから(笑)。 ――60周年という大きな区切りがついたわけですが、未来に向けてのプランは何か? クロスニック 1946年にジュリアード弦楽四重奏団が結成されたときは、同時代の音楽を演奏するという使命を持っていました。新作委嘱を通して同時代の作品が生まれ、演奏されるきっかけをつくるのも重要な仕事です。そうやって現代の作品と深くかかわり、その経験をふまえて改めて古典作品に接する……これは過去60年にわたって培われてきたジュリアード弦楽四重奏団の伝統ともいえますね。 ローズ それから教育活動も大事にしていきたいです。私たちにとって演奏と教育は切っても切り離せません。 ジュリアード音楽院の教育 サミュエル・ローズ ――教育についてお聞かせください。皆さんジュリアード音楽院の教授としてご活躍ですが、ジュリアードではどのようにカルテットを指導しているのですか? クロスニック メンバーのそれぞれが学生カルテットを受け持って1学期なり1年なり指導しています。 スミルノフ この4人が一緒に教えるということはないんです。私がジュリアード弦楽四重奏団に加わった21年前は、それぞれが6つのグループを受け持っていました。だから私たちだけで24のカルテットを指導していたわけです。いまでは数を減らしていますけど。 ローズ カルテットの指導プログラムは2種類あります。ひとつは院生向けのプログラム。これは優秀な若手のグループを私たちが指導するのと同時に、彼らに私たちのアシスタントをしてもらうというもの。期間は1年から2年で、これに参加するグループには学校主催のコンサートでも演奏してもらいます。もうひとつは毎年年度末に開催するセミナー。ここでは学校外のグループを招いて1週間集中的に指導し、セミナーの最後には演奏会を開きます。 クロスニック ジュリアード音楽院では、今日プロの音楽家になるということが何を意味するのか、その現実をしっかり見据えさせようとしています。ジョセフ・ポリージ院長は、『社会にとって有益な音楽家』を育てることに重きを置いていて、これはとても良いことだと思います。ジュリアードの履修課程を終えたら、あとは燕尾服やドレスを着て演奏さえすればいい、なんてことにはならないのが現実です。私が指導していたあるグループはロードアイランド州を拠点にしていますが、ショッピングセンターでも演奏するし、学校や病院や刑務所や老人ホームでも演奏する。そうやって地域社会の一員としてのポジションを確立しているんです。確かに王子ホールのような素敵な場所でコンサートを開ければ申し分ありません。でもそれだけで生活できる音楽家がどれだけいるでしょうか? 音楽家として生きていくためには、自分たちの存在がこの社会に必要だと示していかなければならないのです。 ジョエル・クロスニック ――地域社会に必要とされる存在となる。その重要性を認識する生徒は増えてきていますか? コープス そう思いますよ。もちろん生徒が全員同じ考えではありませんけど。 クロスニック ほとんどの生徒は、たとえばチェリストであれば『ヨーヨー・マみたいになるんだ!』という希望に燃えて学校に入ってきます。でもその希望が叶わないと悟ると、音楽への情熱が一気に冷めてしまう生徒もたくさんいるんです。でもソリストだけが音楽家のあり方ではないと気がついて、生まれ変わったようになる生徒も少なくないんですよ。 ――多くの生徒を教えてらっしゃいますけど、自分たちの練習はいつなさるんですか? ローズ 自分たちは午前中に練習して、午後に生徒を指導します。 コープス 毎朝そろってリハーサルをするんですよ。 スミルノフ だいたい10時から。しばらく練習して、午後になると生徒を教える。それがニューヨークにいるときの典型的な平日の過ごし方です。 コープス それから自分たちの自主練習があります。それは早朝やるか、夜帰宅してからやるんです。 スミルノフ あとは生徒がレッスンをサボッたときですね(笑)。 室内楽の未来 ――皆さんが携わっている室内楽の分野、今後の展望は? クロスニック クラシック音楽は贅沢品ではなく必需品です。私たちが呼吸する空気にまで影響する文化的な必需品なんです。今年は結成60周年ということで、「60年後にクラシック界がどうなっていると思いますか」というような質問をよく受けました――60年後、私たちの社会はクラシック音楽の価値を十分に認めているか、そして重要視するに足る新しい作品は生まれ続けているか。未来につなげるためには、学校での演奏を積極的に行ったり、啓蒙活動を続けることで、クラシック音楽が必需品であることを人々に訴え続けなければなりませんね。 ローズ そういった意味では日本は成功していますね。会場に若い人がたくさん入っているし、音楽の理解度も深い。アメリカのコンサート会場なんて見渡す限り年配者ですよ(笑)。その年齢層の人たちにとって代わる若い人たちが増えるように祈っています。 最後に…… ――最後になりますが、何か笑えるエピソードがあったらお話しください。 スミルノフ 2、3年前の話ですけど、カリフォルニア州のとある町で演奏会がありました。プログラムはヴェーベルンの作品で、この上なく静謐な曲。でも会場が落ち着かなくて、後ろのほうから笑い声まで聞こえる。「そりゃないよ、ひどいな」って思いながら演奏してたんですが、なかなかおさまらない。だれか具合でも悪いのかと思ってたら、場内に鳥が紛れ込んでいたようです。気がつくと鳥は半円状に並んでいる私たちの中心で、マエストロ然としてたたずんでいました。 ローズ はじめ、私の位置からは見えなかったんです。でもこのゆっくりとした、静かでシリアスな作品を弾き終わって向かい側を見ると、なんか変な顔をしてこっちを見ている。何事かと思ったら鳥と目が合った(笑)。 コープス 「キミたちなかなかやるじゃないか」って言っているみたいでしたね。 ローズ その後は休憩だったから、スタッフは会場中駈けずりまわって鳥を追い出したみたいですよ(笑)。 クロスニック もうひとつ、スイスのベルンでやったコンサートの話。はじめがヤナーチェクの第2番≪内緒の手紙≫。この作品はチェロの激しいトリルからはじまります。それからバルトークの第3番。こちらはチェロがソフトに弾きはじめます。 ローズ いつもならバルトークから始めるところを、この日は主催者の要望で特別にヤナーチェクから演奏することになっていました。だから私たちは舞台袖で「いつもと違う順番だから気をつけよう」と確認しあったんです。でもそのとき第1ヴァイオリンのロバート・マンだけは知人にチケットを渡すために窓口に行っていました。それで本番。チェロが「ダララララン!」と激しく弾きはじめました。 クロスニック ボビーはバルトークの静かな出だしが来るものだとばっかり考えていたものだから、一瞬目を見開いて、思わず「ノー!」と叫んでしまった。 ローズ そしたらすかさず第2ヴァイオリンがニヤリと笑って「イエ~ス!」。 クロスニック あんなにショックを受けた人の顔はこれまでに見たことがありません(笑)。 (文・構成:柴田泰正 写真:横田敦史 協力:テレビマンユニオン) |
【公演情報】 |
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