王子ホールマガジン 連載
クラシック・リスナーに贈る
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王子ホールマガジン Vol.42 より |
「フライ・ウィズ・ザ・ウインド」マッコイ・タイナー マッコイ・タイナー(p) ロン・カーター(b) ビリー・コブハム(ds) 1976年1月19~21日 |
「スタイリスト」という言葉は、一般にはタレントや俳優さんの衣裳、メイク、髪型をコーディネートする職業を指しますが、ジャズの世界ではちょっと違って、「ある演奏様式を開発・確立した人」に対して使われます。たとえばピアニストでいうと、バド・パウエルやビル・エヴァンス。もう少し新しい世代だとハービー・ハンコックやチック・コリア。彼らは、それまでの演奏スタイル――即興や和声の手法、リズム感覚等々――を統合し、かつ独自のアイディアを盛り込み、そこに分析・模倣が可能な「理論」を与えました。結果、彼らが創始したスタイルは広く流布することとなり、1つの流派を形成することになります。ジャズ・ファンはよく、「このピアニストはパウエル派だね」とか「エヴァンス派の新星」といういい方をしますが、これはそのピアニストがパウエルやエヴァンスのスタイルを継承している、影響を受けている、ということを意味するのです。 マッコイがその名を広く知られるようになったのは、1961年、かのジョン・コルトレーンのグループに入団してからのことです。ご存知の方もいると思いますが、コルトレーンの演奏、とりわけ60年以降の演奏というのは、モードという手法を全面的に取り入れ、時には無調、つまりフリー・ジャズの領域にまで踏み込んでゆく過激なものでした。だから、それをバックアップするピアノも、がっちりと和声感を感じさせるそれまでのやり方では少々具合が悪い。そこでマッコイが採用したのが、4thインターバル・コードとペンタトニック・スケールによるアプローチです。かんたんに説明すると、前者は4度の音程(たとえば、レ-ソ-ド)で音を重ねるハーモニー、後者は文字通り5つの音(たとえば、レ・ファ・ソ・ラ・ド)を使った音階のことで、これらを用いると、調性の拘束はより緩やかになり演奏の自由度は格段に増します。そこに、モダンでクールなスピード感を加えることによってマッコイのピアノは、コルトレーンの演奏を最大限引き立てることになり、ひいては「新しいジャズ・ピアノのスタイル」として大きな注目を集めるようになったのです。 とはいえ、はじめてこのアルバムをきいた時の僕の印象は「えっ、これ本当にマッコイ?」というものでした。なぜなら、そこにきこえてきたのは、それまでの、どちらかというと暑苦しい彼とはずいぶん趣を異にする響き――朗々と鳴り響くストリングス、そこにかぶさり美しいメロディーを奏でる木管群、彩りを添えるハープ等々――だったからです。 |
著者紹介 藤本史昭/1961年生まれ。上智大学文学部国文学科卒。写真家・ジャズ評論家として活動。「ジャズ・ジャパン」誌ディスク・レビュアー。共著・執筆協力に『ブルーノートの名盤』(Gakken)、『菊地成孔セレクション~ロックとフォークのない20世紀』(Gakken)、『ジャズ名盤ベスト1000』(学研M文庫)などがある。王子ホールの舞台写真の多くは氏の撮影によるもの。 |
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