王子ホールマガジン 連載
クラシック・リスナーに贈る
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王子ホールマガジン Vol.39 より |
「スーパーサックス・プレイズ・バード」スーパーサックス メッド・フローリー、ジョー・ロペス(as) 1973年 ロサンゼルス、キャピトル・レコード・スタジオで録音 |
これまでにも何度か書いてきたことですが、ジャズ――正確には1940年代に発生した“ビバップ”に代表されるモダン・ジャズの即興演奏は、決して「無から有を生み出す」といったものではありません。コード進行に合わせ理論に基づいた音使いでフレーズを作っていく、あるいはそういうフレーズをストックしておきコードに応じてそれを繰り出す――幻想を打ち砕くようで申し訳ないのですが、我々が一般に聴くジャズのアドリブは概ねそういうふうになされています(もちろんこれはあくまでも土台であり、ジャズ・ミュージシャンたちはそこにいろいろなファクターを組み合わせて個性を出しているわけですが)。で、その理論を最初に整理し実際の音として具現化してみせたのが、アルト・サックスのチャーリー・パーカー。彼の即興演奏はきわめて理路整然としていて、かつ被分析的であったため、のちに数え切れないほどのフォロワーを生むことになります。パーカーが、「モダン・ジャズの創始者」と呼ばれるのはそのためです。 ところで、理路整然としていて被分析的というのは、とりもなおさず「完成度が高い」ということでもあります。事実、絶頂期の(と、あえて断り書きをするのは、このオッサン、酒浸り&クスリ漬けで、ズタボロの演奏もけっこう残しているからです)パーカーの即興は、リズムにしても音使いにしても曖昧なところが一切なく、まるで、あらかじめ書かれていたのではないかという疑いを抱かせるほどの確信性に満ちており、その強靱なアドリブ・ラインは、そのまま楽曲のテーマに転用されることもしばしばでした。
複雑で振幅の激しいパーカーのアドリブが、一糸乱れぬ重厚なサックス・アンサンブルでよみがえる……グループの第1作「スーパーサックス・プレイズ・バード」は、フュージョンの台頭によりアコースティック・ジャズが不遇を託っていた時代にもかかわらず――いや、だからこそ、でしょうか――ジャズ・シーンに大きな反響を巻き起こしました。実際、録音されてから40年が過ぎた今の感覚できいても、この演奏の輝きにはいささかの陰りも感じられません。というか、デジタル・テクノロジーの力によって修正できないミスはほとんどない、という現代だからこそ、ここにきかれる濃密で過剰なまでの迫真性は、我々の耳を激しく刺激するのかもしれません。分厚いハーモニーを伴ったメロディー・ラインがすごいスピード感で突進していく《ココ》。快適この上ないテンポに乗せて、パーカーの残したソロと新たに付け加えられたセカンド・リフがめまぐるしく交錯する《ムース・ザ・ムーチェ》。この音楽家独特のドライな歌心が絶妙のイントネーションで表現される《スター・アイズ》。中でも圧巻は《チュニジアの夜》で、全体の演奏はNGだったにもかかわらずパーカーの出来だけはあまりにも素晴らしかったため、その部分だけを抜き出してアルバムに収録したといういわくつきのブレイク・ソロを、アンサンブルで完璧に再現したその演奏は、あまりの凄まじさに驚きを超えて笑ってしまうほどです。 |
著者紹介 藤本史昭/1961年生まれ。上智大学文学部国文学科卒。写真家・ジャズ評論家として活動。「ジャズ・ジャパン」誌ディスク・レビュアー。共著・執筆協力に『ブルーノートの名盤』(Gakken)、『菊地成孔セレクション~ロックとフォークのない20世紀』(Gakken)、『ジャズ名盤ベスト1000』(学研M文庫)などがある。王子ホールの舞台写真の多くは氏の撮影によるもの。 |
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