王子ホールマガジン 連載
クラシック・リスナーに贈る
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王子ホールマガジン Vol.33 より |
「ハンドレッド・ハーツ」 ミシェル・ペトルチアーニ(p) 1983年6月 ニューヨークで録音 |
障害を抱えた芸術家の作品が、その障害ゆえに特別視されるべきでないことは当然ですが、さりとて芸術作品がその人間の生き様を反映した自己表現である以上、“障害”と“芸術”をまったく切り離して考えるのは不可能であろうとも僕は思います。たとえばベートーヴェン。彼の、特に中後期の作品に接する時、多くの人の心を打つのは純粋に音楽そのものの素晴らしさ、だとは思いますが、しかしだからといってその音楽の素晴らしさが彼の耳の病とその克服に無関係かというと、それは絶対にあり得ない。誤解を恐れずにいうならば、そういう背景があったればこそベートーヴェンの音楽はあれほど濃密で充実したものになったと思うのです。 今回ご紹介するミシェル・ペトルチアーニもまた、そういう音楽――その障害ゆえに稀にみる緊張力と美しさを湛えた音楽を遺した人でした。 僕がペトルチアーニのライブにはじめて接したのは今から30年近くも前、ある野外ジャズ・フェスでのことですが、その時の衝撃は今でも忘れることはできません。頭と腕ばかりがやけに大きい、けれど身長は1メートルにも満たない身体……共演者に抱きかかえられてステージに登場した彼の姿に、僕は呆気にとられました。むろんこの人がそういう障害を持っていること――骨疾患のため成長が止まり歩くこともままならない通称「ガラスの骨」病を先天的に患っていること。医者から20歳までは生きられないといわれ、実際何度も生死の境をさまよったこと――は前情報として知っていました。ですが実際に目の前にあらわれた彼の姿は、写真で見、想像していたよりもはるかにショッキングだったのです。そしてそれはほかの聴衆もおなじだったのでしょう。それまではジャズ・フェス特有のお祭りムードだった会場が、ペトルチアーニが登場するや一瞬静まりかえり、その後ざわざわとしたどよめきが波紋のように広がっていったのです。 しかしその驚きは、彼がピアノを弾きはじめるとすぐに別の種類のものに変わりました。「これほど重い障害なのにこんなに弾けるとは……」という次元の話ではない、圧倒的な音楽がそこに出現したのです。力強いタッチ。天馬空をゆくかのような疾走感。叙情をたっぷりと湛えたメロディー。1曲目が終わると、会場は嵐のような拍手に包まれ、もはやそこには彼の身体のことを気にしている人間は1人もいないようにすら思えました。 こう書くと「やはり芸術作品はそれ自体自立したもので、それを生み出す“人”とは関係ないではないか」と思われるかもしれませんが、しかしそれでも僕は――尤もこれはずっとあとになって思い当たったことですが――ペトルチアーニの音楽があれほど感動的なのは、やっぱり彼の抱えた障害と無関係ではないと思うのです。たとえばその強靱な音。彼は不自由な身体をカバーするため、指のバネすべてを使って鍵盤を打鍵するのですが、そこに聴き手はペトルチアーニが1音にかける思いの強さ、深さを映し見ます。また彼の音楽には、どんな時でも切羽詰まったような切実さが横溢していますが、その切実さはけっして比喩ではなく、文字通り「明日も生きてピアノを弾いていられるかどうかわからない」という切迫感のあらわれにほかなりません。そういう音楽が人の心を強く打つのは、当然といえば当然でしょう。 「命を削る」……ペトルチアーニの表現行為は、まさにそれと同義語でした。音楽の神に与えられた才能を燃やし尽くさんばかりに彼はその生を駆け抜け、そして1999年1月6日、突然電池が切れたかのようにこの世を去ります。享年36歳。それが早すぎるのか、それともよくそれだけ長生きしてくれたと考えるべきなのかは、僕にはわからないのですが。
今回ご紹介するのは、そのペトルチアーニが21歳の時に吹き込んだソロ・ピアノ作品です。彼はこのフォーマットがお気に入りだったようで、その生涯に少なくない数のソロ作を残していますが、中でも本作は、表現の方向性が一点に収斂し、確固たる形を成しているという意味において一頭地を抜いたアルバムだと僕は考えています。とりわけ素晴らしいのが、14分に及ぶ《ポット・ポプリ》。様々なスタンダードが奔放なイマジネーションによって交錯していく様は圧巻で、これぞペトルチアーニの真骨頂ともいうべきパフォーマンスを存分に味わうことができます。 |
著者紹介 藤本史昭/1961年生まれ。上智大学文学部国文学科卒。写真家・ジャズ評論家として活動。「ジャズ・ジャパン」誌ディスク・レビュアー。共著・執筆協力に『ブルーノートの名盤』(Gakken)、『菊地成孔セレクション~ロックとフォークのない20世紀』(Gakken)、『ジャズ名盤ベスト1000』(学研M文庫)などがある。王子ホールの舞台写真の多くは氏の撮影によるもの。 |
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