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王子ホールマガジン 連載

クラシック・リスナーに贈る
ジャズ名盤この1枚

文・藤本史昭

王子ホールマガジン Vol.51 より

 「イン・チューン」
 オスカー・ピーターソン・トリオ&ザ・シンガーズ・アンリミテッド

 ザ・シンガーズ・アンリミテッド(vos) オスカー・ピーターソン(p)
 ジョージ・ムラーツ(b) ルイ・ヘイズ(ds)

 1971年7月 フィリンゲン、MPSトンスタジオで録音

 先日CDを整理していたら、ジャズ・コーラスのアルバムが異様に多いのに驚いてしまいました。特に意識して集めたわけではありません。けれど、目につけばつい買ってしまう、ということはたしかにあるような……。
 尤もジャズ・コーラス好きは僕に限ったことではないようで、まわりにも「ジャズはあんまりわからないけどマンハッタン・トランスファーは大好き!」「TAKE6のライヴは必ず行く!」といった友人がけっこういます。そういえば王子ホールでもアカペラ・グループの公演がたびたびおこなわれていますが、いつも大好評だとか(今年の12月にもVOICES8という超強力ユニットが再登場します)。
 しかし、ではなぜ人はかくもコーラスに惹かれるのか。私見ですが「声で(が)ハモる」という行為/現象は、理屈抜きの快感を人にもたらすのではないでしょうか。単旋律のグレゴリオ聖歌に飽き足らなくなってきた先進的修道僧が4度や5度の声部を加えはじめたのがポリフォニーのはじまり……などという話はみなさんには釈迦に説法かと思いますが、要するに人というのは歌っていればハモらずにはいられない生きものなのですね、たぶん。そういう本能的な欲求を満たしてくれるからこそコーラスは聴く者を魅了し、そして古今東西数多のグループが誕生してきたのではないでしょうか。
 今回ご紹介するのは、そんなコーラス・グループの中でも最高峰と謳われたシンガーズ・アンリミテッドが、これまた史上最高のジャズ・ピアニストの1人、オスカー・ピーターソンと共演したアルバムです。
 シンガーズ・アンリミテッド(以下SU)は1967年、ハイ・ローズというコーラス・グループのメンバーだったジーン・ピュアリングとドン・シェルトンが中心になって結成した混声のヴォーカル・カルテットです。その最大の特徴は「オーヴァー・ダビングなどを駆使したスタジオ・レコーディングに専念し、ライヴの活動は一切おこなわない」ということ。ジャズなのにライヴやらないってどうよ? という意見もあったようですが、もともと彼らがグループを結成した理由は、スタジオのテクノロジーを最大限活用し、コーラスの可能性を追求したい、というものだったのですから、その姿勢を貫き通し、実際に前代未聞の音楽世界(精緻なハーモニーと多重録音ならではのリッチなサウンド)を創造してみせたその在り様は、賞賛されこそすれ、非難されるようなものではないと僕は思います。
 そんな彼らに最初に注目したのが、オスカー・ピーターソンです。友人の紹介でSUのデモテープを耳にした彼は、その斬新なコーラスに一目(耳?)惚れ。すぐさま自分が契約していたレコード会社の社長に推薦し、そればかりか自身のトリオでデビュー作をバックアップすると申し出たのです。
 ジャズの権化のような――つまり即興命のこの大ピアニストが、その真逆のコンセプトを持つSUにそれほど肩入れした事実はちょっと意外に思えるかもしれませんが、実はピーターソンという人は“書かれた音楽”――凝ったアレンジやコンポジション――に対しても強い愛着を持ち、そのフィールドでも類い稀な実力を発揮できる音楽家でした。事実このアルバムでも彼は、伴奏の域をはるかに超えた繊細緻密なパフォーマンスで、SUの持ち味を100%以上に引き出した素晴らしいコラボレーションを繰り広げています。
 たとえば1曲目の《セサミ・ストリート》。一見ピーターソンらしさが炸裂した豪快なスウィング・ナンバーですが、曲の後半では、SUならではの超絶的技巧をアピールするための複雑な転調が盛り込まれたアレンジを、実にタイトにフォローしています。また〈チルドレンズ・ゲーム〉はピーターソンのフィーチャリング・トラックにもかかわらず、いつもの彼のようにバリバリ弾き倒すことなく、SUの柔らかなスキャットと絶妙なアンサンブルをきかせます。
 一方、SUがその本領を余すところなく発揮したのが《イット・ネヴァー・エンタード・マイ・マインド》や《いそしぎ》といったバラード・チューンです。前者におけるサウンド・エフェクトはスタジオ・ワークを重視したこのグループならではの響きが新鮮きわまりないし、後者冒頭のアカペラは、そのテンションの強さに思わず背筋に戦慄が走る、といっても過言ではありません。
 ラウンジ・テイストが濃厚なため、硬派なジャズ・ファンからはいささか軽んじられている気もあるシンガーズ・アンリミテッド。しかしその完璧なハーモニーに1度でもふれれば、ハマってしまうこと請け合いです。

著者紹介

藤本史昭/1961年生まれ。上智大学文学部国文学科卒。写真家・ジャズ評論家として活動。「ジャズ・ジャパン」誌ディスク・レビュアー。共著・執筆協力に『ブルーノートの名盤』(Gakken)、『菊地成孔セレクション~ロックとフォークのない20世紀』(Gakken)、『ジャズ名盤ベスト1000』(学研M文庫)などがある。王子ホールの舞台写真の多くは氏の撮影によるもの。
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