王子ホールマガジン 連載
クラシック・リスナーに贈る
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王子ホールマガジン Vol.31 より |
「イン・コンサート」 ハービー・ハンコック&チック・コリア(p) 1978年2月 サンフランシスコ/ロサンゼルス/サンディエゴ/アン・アーバー |
どんな分野にせよ、ライバル同士の対決や競演というのはなにかしら胸躍るものです。スポーツでいえば、プロ野球の巨人と阪神、あるいはサッカーの日本と韓国。クラシック音楽だとフルトヴェングラーとトスカニーニ。演劇なら北島マヤと姫川亜弓(おっと、これは漫画の中の話でした)。 もちろんジャズにおいても、ライバル関係にあるミュージシャンはさまざまいます。彼らは、きき手からそう目され、たがいを意識し合うことによって、自身の音楽を磨き、同時にシーンに多くの話題を提供してきました。レスター・ヤングとコールマン・ホーキンス、エラ・フィッツジェラルドとサラ・ヴォーン、ソニー・ロリンズとジョン・コルトレーン、そしてハービー・ハンコックとチック・コリア……。 実際ハンコックとコリアのキャリアには、「マジ、意識し過ぎじゃないの?」というくらい多くの共通項があります。まず2人とも、かのマイルス・デイビスのグループへの参加で大きな注目を集めたこと。そしてグループ在籍中に、のちのジャズ・ピアノに大きな影響を与えることになる独自のスタイルを開発したこと。マイルス・グループ脱退後の歩みも、驚くほど似通っています。1970年代初頭、コリアがフュージョン・ミュージックの先駆けともいえる作品「リターン・トゥ・フォーエバー」でブレイクすれば、ハンコックはエレクトリック楽器とファンク・リズムを大々的に取り入れた「ヘッドハンターズ」でシーンを席巻。そのハンコックがV.S.O.P.というグループでアコースティック・ジャズへの回帰を見せたかと思うと、コリアのほうはソロやデュオ、あるいはオーソドックスなカルテットでの活動が活発化する……。 という具合に、彼らはまるでたがいの行動を監視し合い、それに対抗するかのように自身の音楽の方向性を決定づけてきたのですが、今回ご紹介するのは、なんとその宿命の2人が2台ピアノで共演した夢のアルバムです。 このアルバムが録音された1970年代後半、ハンコックとコリアはすでにジャズ・シーンを代表する大ピアニストたる地位を確立していました。それゆえに、たがいの音楽を認め合う余裕も出てきていたのでしょう。コリアの「マッド・ハッター」というアルバムでマイルス・グループ在籍時以来の共演を果たした彼らは、あっというまに意気投合し、さっそくピアノ・デュオによる世界ツアーを敢行します。 本作は、そのツアーからの演奏をセレクトしたライブ・アルバムなのですが、きいてまず感じるのは、本当の意味での音楽の会話、それも自分たちだけわかればいいというのではない、きき手の存在を意識した会話がなされているということです。巨匠同士の共演というのは、ともするとむやみにたがいを引き立て合ったり、逆に自分のいいたいことだけをいったり、あるいはきき手をおきざりにした“芸談”に終始したりすることが多いのですが、ここでの彼らは、相手の演奏をしっかりと受け止めつつ自分を主張し、しかもそこに過不足のないエンタテインメント性までをも盛り込んでみせるのです。 このことは1曲目の≪サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム≫からすでに明らかで、原曲の美しさは保持されたまま、次第にスリルと興奮に満ちた“ジャズ”が立ちあらわれてくるその演奏の充実ぶりは、2人の実力が伯仲し、なおかつ相手をリスペクトする器量の大きさ、懐の深さがあればこそのものでしょう。さらに圧巻は、おたがいの代表曲をメドレーで演奏した≪処女航海~ラ・フィエスタ≫。ここでの彼らは、相手のスタイルをまねしてみせるという茶目っ気ぶりを時折見せながらも、音楽に真摯に向き合い、たっぷりと身のつまった密度の濃いパフォーマンスを繰り広げます。スリリングなインタープレイの応酬と、そこから導かれる大きなクライマックス。それは、ジャズをきくことでもたらされるもっとも大きな快感の1つ、といってもいいでしょう。 余談ですが、おなじツアーからの彼らのデュオ・アルバムは、実はもう1枚あります。というのも、当時ハンコックとコリアは異なるレコード会社と契約しており、こんな売れ線企画を片方の会社からだけ出すのは不公平、ということになったからです。もちろん曲目は≪処女航海~ラ・フィエスタ≫を除いては重複なし。そちらにはバルトークの≪ミクロコスモス≫からの曲も収められているので、興味のある方はぜひきいてみてください。 |
著者紹介 藤本史昭/1961年生まれ。上智大学文学部国文学科卒。写真家・ジャズ評論家として活動。「ジャズ・ジャパン」誌ディスク・レビュアー。共著・執筆協力に『ブルーノートの名盤』(Gakken)、『菊地成孔セレクション~ロックとフォークのない20世紀』(Gakken)、『ジャズ名盤ベスト1000』(学研M文庫)などがある。王子ホールの舞台写真の多くは氏の撮影によるもの。 |
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