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特集 ウラディーミル・フェルツマン
スタインウェイ・ピアノ選定記

王子ホールマガジン Vol.16 より

「楽器の王様」と称されるピアノのなかでも、スタインウェイ社(Steinway&Sons)の製品は最高峰のピアノとしてゆるぎない評価を得ています。ピアノは通常、メンテナンスさえ怠らなければ一生モノの楽器。ですが、王子ホールの スタインウェイ・ピアノは年間140回程度のコンサートに使用され、そのたびに調律・調整を施されるため、さすがに『一生』は使えません。王子ホールには現在、2001年にジャン=マルク・ルイサダ氏が選定したスタインウェイのフルコン(フルコンサート・モデル)D-274がありますが、常に万全を期すために、このたび新しいピアノを導入することになりました。

これからの王子ホールでのピアノ公演に大きな影響を与えるピアノ選定。私たちは、05年の王子ホール公演で魂を鷲づかみにするような演奏を聴かせてくれた、ウラディーミル・フェルツマン氏にこの大役を依頼しました。

ウラディーミル・フェルツマン(ピアノ)

1952年モスクワ生まれ。ヤコブ・フリエールのもとでピアノを学ぶ。79年、ソヴィエト連邦のイデオロギーや芸術の規制に不満を抱き出国・移住の意思を表したため、公での演奏活動を禁止され事実上音楽界から追放されることとなった。1987年に出国が許可されアメリカ合衆国へ渡る。現在ニューヨーク州立大学ニュー・プラッツ校などで教鞭を執るほか、世界各国で演奏活動・アルバム録音を積極的に行っている。現在ニューヨーク州在住。

 

Selection 選定

場所は東京大田区の「スタインウェイ・ジャパン セレクションセンター」。ここにはアップライトからフルコンまで同社のピアノが勢ぞろいしており、完全予約制にてじっくりと楽器選びができます。王子ホールのピアノ選定が行われたのはまだいくらか肌寒い4月23日。フェルツマン氏は午後2時過ぎにご夫人を伴ってハイヤーで到着しました。写真をご覧いただければお分かりでしょうが、巨匠、フィラのベロア地のジャージ上下という日曜日のお父さんスタイルで完全にリラックスしています。

選定対象となるのは3台の「スタインウェイ D-274」。にこやかに挨拶を交わすとフェルツマン氏は左側のピアノに向かい、おもむろに試弾をはじめました。

フェルツマン氏は同じキーを連打したり、シューマンの≪謝肉祭≫の一部を弾いて音を確かめます。ひと通り鳴らすと次のピアノに移り、<第1曲 前口上>を 勇壮に弾いたかと思うと、一番目のピアノに戻り同じフレーズを弾きます。再び立ち上がり、驚いたような表情で二番目のピアノをもう一度。さらに三番目のピ アノ、軽くスケールを弾いたところで、「これ、間違いない! 素晴らしい楽器だ!」。彼が指差したのは二番目のピアノでした。決定に要した時間は、なんと 4分!

スタインウェイ・ジャパンの担当者から確認書に選定者のサインを求められると、「払わなくてもいいならサインするけど(笑)」。来場記念のサイン帳に記帳し、フォトセッションを終えてフェルツマン氏はホテルに戻っていきました。

Delivery 納品

選定されたピアノはその日のうちにホールへ納品されることに。早速ショールームから奥の作業スペースに動かされ、ピアノ運送のプロの手によって脚やペダルを取り外され、梱包されます。それから2時間としないうちにホールに到着。小さな台車に乗せられた約480kgの貴婦人は、普段お客様を運んでいるエレ ベーターによってホール内に運ばれます。作業のヤマ場はここ。客席部分から約1m上にあるステージに引き上げられます。素人なら10人がかりで、しかも 2、3人はギックリ腰をやらかすところですが、さすがプロ、5人でやすやすと持ち上げました。そして脚とペダルを取り付けて作業終了。選定も早いが納品も早い!

Tuning 調律

さてここで登場するのが「陰のマエストロ」とでもいうべき存在。日本有数の名調律師、川真田豊文氏その人です。同氏はスタインウェイのエキスパートとして、クリスティアン・ツィメルマンをはじめ多くのピアニストの調律を手がけるほか、調律師の技術研修の講師を務めたりもしています。その匠の手によって、新品のスタインウェイ D-274が王子ホールの空間に最適な響きとなるよう調整されていきます。
 「今のままだと音がかなり強いので、鳴り過ぎないように全体的にボリュームを抑えていきます」とは川真田氏の言。通常の調律も大切ですが、納品調律はそのピアノの基本的なキャラクターを設定するたいへん重要な作業です。12,000以上のパーツからなるという複雑な楽器を丁寧にチューンナップしていきま す。

Debut お披露目

4月25日、フェルツマン氏はリハーサルの際に新旧のスタインウェイを弾き比べ、少し悩んだ末に新しいピアノを使うことに決めました。「古いほうのピアノも素晴らしいね。新しいピアノはもっと力強い。今回はシューマンを弾くからこれが必要なんだ」と力こぶを作る同氏。リハーサルを終えると、特定のキーを叩 いた際に発生するわずかなノイズや、音色が他と比べて明るすぎる箇所などを調整するよう、調律の川真田氏に依頼します。
そしていよいよ新ピアノのお披露目公演。コンサートの模様はNHK-BSの「クラシック倶楽部」にてご覧いただけますのでお楽しみに。さて公演を終えた フェルツマン氏、「まだ新品だから調整を重ねていく必要があるけど、本当にいいピアノだし、時間とともにもっとよくなっていくよ!」とのコメントを残してくれました。王子ホールの新しい財産、これから多くのピアニストによって多彩な表情を見せてくれることでしょう。

(文・構成:柴田泰正 写真:横田敦史 協力:カメラータ・トウキョウ、スタインウェイ・ジャパン、松尾楽器商会)

【Information】
スタインウェイ・ジャパン株式会社(スタインウェイ日本法人) http://www.steinway.co.jp/
株式会社 松尾楽器商会(スタインウェイ正規特約店) http://www.h-matsuo.co.jp/

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