インタビュー
東京クヮルテットからのフェアウェル・メッセージ by 池田菊衛
王子ホールマガジン Vol.39 より 王子ホールを「日本のホーム」と呼ぶ東京クヮルテットは、2007年の初登場以来11回のコンサートをこの場所で開催してきました。44年にわたるグループとしての活動を今年の7月で締めくくる彼らですが、その前にもう一度、日本で最後となる演奏を王子ホールで聴かせてくれます。ラスト・コンサートを前にヴァイオリンの池田菊衛さんにお話を伺いました―― |
2007年2月19日 東京クヮルテットの室内楽 Vol.1 東京クヮルテットの最後のシーズン 東京クヮルテットとしての最後のコンサートは7月6日です。この日が最後になると決まったのはそれほど前のことではありません。はじめ私と磯村君が身を引く決意をし、マーティンとクライヴは引き続き東京クヮルテットとして活動を続けていく予定でした。彼らとしては、名前が東京クヮルテットである以上、できれば日本人か、日本のバックグラウンドを持つ人をメンバーに迎えたいと考えていました。けれど私も磯村君もアメリカ生活が長く、純日本人とは感覚がだいぶ異なります。一緒に弾くと特にその違いを感じるはずです。そんなメンバーを2人同時に見つけるというのは本当に難しいことで、最終的には潔く「東京クヮルテット」をやめることにしたのです。 2008年3月4日 東京クヮルテットの室内楽 Vol.2 2013年6月のヨーロッパ公演を最後に解散しようという話でしたが、イェール大学から「ぜひうちの大学でも」というお話をいただきました。コネチカット州のノーフォークという場所で毎年夏に音楽祭が行われていて、そこでのコンサートをきっかけに1976年からイェール大学とノーフォーク音楽祭のレジデント・クヮルテットになりました。ですから王子ホールが日本のホームだとすれば、このノーフォークはアメリカの夏のホームにあたります。 2008年8月 ハルモニア・ムンディ レコーディング 最後のコンサートがいつなのかがはっきりしていますから、今はどうやったら一番いい演奏ができるかということだけを考え、雑念なく音楽に取り組めています。そういった意味では、現在のクヮルテットの状態が一番いいのかもしれません。お互いに限られた時間をなるべく有効に使って練習をしようという意思統一ができています。練習の際に漠然とした議論に時間を費やすこともありません。今日どうやったら一番いい演奏ができるかということだけを考えて毎日を過ごしています。 |
2009年2月20日 東京クヮルテットの室内楽 Vol.3 メンバーのこれから 「卒業後」の私たちですが、マーティンとクライヴはカリフォルニア州ロサンゼルスにあるコルバーンという比較的新しく意欲的な音楽学校でヴァイオリンとチェロ、それと室内楽を教えることになります。磯村君と私はイエール大学に残って教鞭をとりつつ、磯村君はマンハッタン音楽院で、私はニューヨーク大学ともうひとつ別の学校でも教えます。もちろん2人とも年に何度か日本に帰ってきて指導をします。磯村君は「日本に住むということも可能なんだよな」とその可能性を検討していましたが、やはり家族がアメリカ中心なので引き続きアメリカで生活をします。私も5歳の孫がカリフォルニアにいるのでアメリカを離れられません(笑)。自分のことでいうと、今まであまりできなかったヴィオラを弾きたいなと思っています。すでにいくつか演奏会の予定も入っているので、それは楽しみですね。 |
2010年2月18,19,20日 東京クヮルテットの室内楽 Vol.4 王子ホールで演奏会を重ねてきて 先ほども言いましたが、東京クヮルテットにとって王子ホールは我が家なんです。音楽会というのは、演奏家がステージに出てきた瞬間に始まるものだと思います。そのときのお客さんの雰囲気というのは我々に大きく影響します。王子ホールに集まる皆さんは家族のように迎えてくれるので、とてもありがたい。私はわりとお客さんのほうを見るんですが、「あ、あの方また来てらっしゃるな」という安堵感がある。 2011年2月18日 東京クヮルテットの室内楽 Vol.5 もうひとつ、プロデューサーの星野さんが強い意志を持って私たちと意見を交換し、プログラムを練ってきたことも特筆に値します。こうやって積み重ねていけるシリーズというのは他ではなかなかありません。お互いに納得できるものを一緒に作っているという感覚がある。ハイドンとバルトークとシューベルトの最後の弦楽四重奏曲を演奏するという、今度のプログラムにしてもそうです。5月のラスト・コンサートは本当に特別なものになるでしょうね。 |
2011年7月7,8日 東京クヮルテットの室内楽 Vol.6 祖国で行う最後のコンサート 日本での最後のコンサートを前に、「怖い」という思いが強くなっています。私は日本人ですし、やはり日本には特別な思い入れがある。5月の王子ホールでの公演には、たくさんの人がいろいろな想いを胸に聴きに来てくださると思います。チケットが取れなくて来られないという人もたくさんいらっしゃるでしょう。そういった人々のことを想うと、たまらない気持ちになります。それにこの公演を最後に、東京クヮルテットとして日本で演奏することはもうないわけです。だから、泣いちゃうんじゃないかと思って(笑)。 2012年7月5,6日 東京クヮルテットの室内楽 Vol.7 ステージで泣いたことは今までで一度しかありません。それは1993年にクヮルテットの25周年を記念して行ったベートーヴェンの全曲演奏会のときでした。演奏会は11月でしたが、そのひと月前に母が急病で亡くなったんです。誰にも言わなかったけれど、自分のなかではベートーヴェンの全曲演奏を母への弔いとしているところがありました。ミラノのスカラ座での演奏会で、Op.59-3を最後に弾いた後に、アンコールに《カヴァティーナ》を弾きました。弾いているうちにいろいろな感情がこみあげてきて、胸がいっぱいになり、涙がボロボロこぼれてきた。静かに弾き終えましたが、拍手がこない。我々も動けない。長いこと静寂の中にいました。ようやく弓を降ろして立ち上がったんですけれど、泣いていますからお客さんの顔も見えないし、恥ずかしくて仲間の顔も見られなかった。そのまま舞台袖に戻って涙を拭いてみんなの顔を見たら、みんなも泣いていました。それはもう至高の体験といってもいいようなもので、私からみるとある意味で不幸なことでもありました。というのは、自分が泣いてしまうような感動を味わってしまうと、それ以上のものがなかなかありませんから。でももしかしたら王子ホールでのラスト・コンサートではそれ以上の体験をしてしまうかもしれない。それが怖いのかもしれません。 (文・構成:柴田泰正 写真:藤本史昭、横田敦史 協力:ジャパン・アーツ) |
【公演情報】 東京クヮルテット ラスト・コンサート |