インタビュー ウェルナー・ヒンク&遠山慶子
王子ホールマガジン Vol.24 より 2008年に長年コンサートマスターとして勤めてきたウィーン・フィルを退団したウェルナー・ヒンク、そして日本人演奏家のパイオニアとして国際的な活躍 を続けてきた遠山慶子。両氏は20年近く前からモーツァルトのヴァイオリン・ソナタ選集のアルバムをリリースしてきましたが、先日最後の1枚となる第5集の録音を終えたとのこと。そんな二人が満を持してこれらの曲をコンサートで披露します。演奏されるのは初期のいわゆる「ヴァイオリン声部付」ソナタと他者の手による作品を除いた、「第24番 K296」から「第43番 K547」までのヴァイオリン・ソナタ全曲。王子ホールを舞台として全4回、2年にわたって展開するモーツァルト・プロジェクトを前に、お二人に話を伺い ました。 |
ウェルナー・ヒンク(ヴァイオリン) 1943年、ウィーン生まれ。ウィーン・アカデミーでフランツ・サモイル教授の教えを受け、62年最優秀にて卒業。64年、第1ヴァイオリン奏者としてウィーン・フィル入団し、74年コンサートマスターに就任。64年、ウィーン・フィルに加入した年にウィーン弦楽四重奏団 を同オーケストラ・メンバーと結成、コンツェルトハウス弦楽四重奏団の活動を事実上引き継ぐ形で、ウィーン楽友協会等のコンサートに登場する。同団は RCA、カメラータに73年よりレコーディングを始め、50枚近い録音を残し、シューベルトの「死と乙女」ではレコード・アカデミー賞を受賞した。その演 奏の成果は、ヒンクのソロ・ヴァイオリンに負うところが大きい。
遠山慶子(ピアノ) 東京生まれ。幼少より井上定吉に師事。1952年、アルフレッド・コルトー来日の際に認められ渡仏、パリ・エコール・ノルマル高等音楽院修了。その3年間にわたりコルトーのもとで研鑽を積む。63年にパリでデビューして以来、主にヨーロッパ、アメリカで演奏活動を行い、日本でも幅広く活躍。特に室内楽の分野では高く評価されており、78年のリサイタルに対して日本ショパン協会賞を授与された。ロン=ティボー、ゲザ・アンダ等 国際コンクールで審査員を務め、また毎夏に開催される草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティヴァルでは第1回から講師、演奏家として参加。録音 の分野でもカメラータから多くのCDが発売されている。 |
――お二人は30年来のご友人だそうですね。 ウェルナー・ヒンク(以下ヒンク) もう30年以上になります。初めてお会いしたのは1976年でしたか、ホテル・ニュージャパンでしたね。 遠山 そうそう、そうだった! ――初共演はどちらでしたか? ヒンク 上野の東京文化会館でした。プログラムはモーツァルト2曲とシューベルト、そしてベートーヴェンの《春》。それが始まりでした。 ――初共演の演奏はいかがでしたか? ヒンク 本当に息が合うというか、初めて音合わせをしたときからお互いの音楽をきちんと理解できていましたね。 遠山 だからリハーサルをしてもあまり話さなんですよ。 ヒンク 「いいかな?」「いいね」ぐらいですね。フィーリングが合うからそれだけでいい。これはとても大事なことです。 遠山 よく人に「ヒンクさんと昔から共演しているのに、何でドイツ語が上達しないの?」とか「音楽の話をするときは何語で話すの?」って訊かれるんです。でも実際は話す必要がないのよ。ただ演奏すればそれで事足りてしまうんですもの。 ヒンク よく言われるように、音楽は最高の言語なんですよ。ドイツ語よりずっと通じる(笑)。 遠山 ほかの人と共演するときは曲の解釈についてとか、いろいろと説明をしなければならないんだけど、ヒンクさんとやるときはその必要がないですね。お互いがそれぞれに「自己」を持っていて、それをすぐに理解できる……といいなと思ってるんですけど、どうかしら? ヒンク おっしゃるとおり! 遠山 お互いの顔色を窺わなくてもいいというかね、自分は自分の弾きたいように弾くし、彼は彼で自由に弾く。それが理想的だと思うんです。 ヒンク 私たちがどれだけお互いに通じ合っているかを証明するいいエピソードがあります。これは二人でシューベルトの「ソナチネ全集」を録音したときのことですけど、ニ長調のソナチネ(第1番)の第1楽章を弾いていて、「うん、これはいい、息もピッタリだ」という演奏ができたんです。後で録音を聴き直すと、演奏は確かにいいんだけれど、まったく同じところでミスをしていたんです(笑)。 ――後で気が付いたんですか? ヒンク そう、テンポが遅すぎたんです。しかもまったく自然に、阿吽の呼吸でおかしなテンポに突入していた。まあ、それだけ心が通じているということでしょう。でもこんどのコンサートではピッタリと正しいテンポで弾かないとね。 ――お二人は年に何回ぐらいコンサートで一緒になるんですか? ヒンク 年に2、3回ぐらいでしょうかね。 遠山 そうですね、リサイタルだったりレコーディングだったり。この間はモーツァルトのピアノ協奏曲のレコーディングを手伝ってくださったんですよ。それも時には第2ヴァイオリンのトップを弾いたりして、いいものを作ろうと献身的にやってくれました。とにかくいい音楽を作るための努力は惜しまない人なんです、ヒンクさんは。 ヒンク 共演ということでいうと、毎年草津の音楽祭でご一緒しますね。 ――夏に行われる草津国際音楽アカデミー&フェスティバルですね。これはいつから参加されているんですか? 遠山 私は30年前から。夫(遠山一行)が実行委員長をしていましたのでスタートの年からです。7年ほど参加しなかった年はありますけど、20年目ぐらいからは毎年参加しています。 ヒンク 15年前ぐらい前からですかね。とにかく毎年のように来ています。アカデミーは2週間ですけど、ちょうどザルツブルク音楽祭の時期と重なっているので、私が参加するのは10日ほど。でも打ち上げパーティーまでは必ずいますよ! ――お二人とも草津をはじめ、たくさんの生徒を教えてこられたわけですが、音楽教育についてお考えのことはありますか? ヒンク 日本に限らずヨーロッパでも、親のエゴの犠牲になる子がいて不憫に思います。4、5歳の子供にベートーヴェンの《春》やラヴェルの《ツィガーヌ》を弾かせようとする親がいる。それはさすがに早すぎますよね。もっとゆっくり勉強していくほうが自然です。 ――ご自身も小さいころはゆっくりと学んでいったのですか? ヒンク 私がヴァイオリンを始めたのは6歳のころです。 遠山 私も始めたのが遅かったですね。6歳か7歳のころだったから。 ――ご両親から無理強いされることもなかった? 遠山 私の場合、音楽家になるための教育は受けませんでした。でも私は音楽が好きだったし、家族と室内楽を楽しんでいました。 ヒンク ヴァイオリンに関して言うと、私ははじめからノーマルサイズの楽器を使っていましたけど、子供はふつう小さな分数ヴァイオリンから始めるんですよね。これはいけません。というのもスモールサイズの楽器はとにかく音が良くないんです。良い音を知らずに育っても良い音楽を作れるようにはなりません。 遠山 私は4歳ぐらいのときにドイツ製の小さい子供向けヴァイオリンを買ってもらったんです。でもあんまりにもひどい音が出るものだから、怒って足で踏み潰しちゃった(笑)。 ――お高かったでしょうに! 遠山 ええ、父はカンカン。「二度とヴァイオリンを触るな!」ってすごく叱られました。でもヴァイオリンは好きなんですよ。ヒンクさんにしても塩川悠子さんにしても、ヴァイオリニストの友人はたくさんいますし、自分はヴァイオリンの音を求めているんです。いい音のするものに限りますけど! ヒンク 小さい子はいい音を聴かせて育てないといけません。3、4歳の子供にひどい音ばかり聴かせていたら、聴力が大きく損なわれてしまいますよ。 遠山 だから私の行為は正しかったの(笑)。 ――ではヴァイオリンを習おうという子供には、最初は大変でもフルサイズの楽器から始めることをお勧めするわけですね? ヒンク はい。 ――さてお二人は王子ホールで、2年をかけてモーツァルトのヴァイオリンとピアノのためのソナタを全曲演奏することになります。 ヒンク 王子ホールは日本で室内楽を演奏するには最高の場所ですから、光栄に思っています。 遠山 お客さんとの一体感もありますしね。親密な空間でやっていると、演奏していて客席から助けられるということも多いんです。 ヒンク 雰囲気もいいですよね。楽屋前の廊下には過去の出演者の写真が飾ってありますけど、自分が写っているのもたくさんある(笑)。とてもスペシャルな空間です。 遠山 とても難しい、中身の濃いプログラムを演奏することになりますから、どんな会場でやるかは慎重に選びたかったんです。 ――お二人はモーツァルトのソナタ集をずっと録音されてきましたよね。何年ぐらいかかったのですか? ヒンク 1991年にまず1枚、モーツァルトのソナタ集を録音したんですけれど、その当時はまさか全曲を録音することになるとは思いませんでしたね。ソナタを全曲やろうと決めたのは12、3年前ですね。 遠山 ヒンクさんはウィーン・フィルのコンサートマスターとしての職務がまず第一にあったでしょう。本当に多忙でしたから、時間を見つけるのが大変でした。 ヒンク 10年以上の歳月をかけて録音を終え、満を持してコンサートでもやろうという話になったんです。 ――ではソナタ全曲をコンサートで演奏するのは今回が初めてになるわけですね。最後にこのモーツァルトのソナタ全曲演奏会について一言いただけますか? ヒンク 私は今、人生で最高の時を過ごしていると言ってもいいぐらいです。年齢とともにモーツァルトの音楽の持つ意味ががより豊かに、より深くなってきました。そういう時期に取り組む全曲演奏ですから、人生のハイライトといってもいいものです。 遠山 知人に「モーツァルトのソナタを全部やるのよ」って言うと、みんなピアノ・ソナタのことだと思うみたいで、ヴァイオリン・ソナタだと知ると意外そうな顔をするの。でもモーツァルトのヴァイオリン・ソナタは素晴らしい作品ばかりですよ。独り言を言っているよりも、会話をしたほうが楽しいもの! (文・構成:柴田泰正 写真:横田敦史 協力:カメラータ・トウキョウ) |
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