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王子ホールマガジン 連載

 

王子ホールマガジン Vol.25 より

「アライブ・アンド・ウェル・イン・パリ」
フィル・ウッズ

フィル・ウッズ(as) ジョルジュ・グルンズ(p)
アンリ・テキシェ(b) ダニエル・ユメール(ds)

1968年11月14日、15日録音

 

 アメリカの黒人ジャズマンにとって、1960年代半ばというのは受難の時代でした。誕生して以来20年近く我が世の春を謳歌してきたモダン・ジャズという形態がそろそろ飽きられはじめてきたところに、ビートルズの襲来を引き金としてロックが爆発的に流行。それによって、いわゆる“ジャズ・ミュージシャン”の需要は一気に激減し、働き場所を失ったミュージシャンたちは転職・離職を余儀なくされたのです。

 そんな彼らが活路を見出したのが、ヨーロッパ、とりわけフランスや北欧への移住でした。アメリカのような黒人差別がなく、ジャズが芸術音楽として尊重されていたそれらの国は、ジャズマンたちにとって天国も同然。母国で虐げられていた彼らは、この新天地で次々と息を吹き返すことになるのです(その中にはバド・パウエルやデクスター・ゴードンといった大物も含まれていました)。当然その地におけるジャズ・シーンは活況を呈することになり、ジャズ・クラブやジャズ専門のレコード・レーベルが次々に生まれ、さらにそういう状況は多くの歴史的名盤を世に送り出すことにもなりました。今回ご紹介するフィル・ウッズ の「アライブ・アンド・ウェル・イン・パリ」もそんな1枚です。

 この作品を録音した当時のエバンスは、自分のスタイルをほぼ確立し、シーンでの評価もぐんぐん高まり、その音楽は成熟の度を増していました。しかし成熟は一歩まちがえばマンネリズムに陥りかねません。そのことを危惧したのか、プロデューサーのクリード・テイラーはエバンスに、ソロ、デュオ、ワンホーン・カルテット(ジャズでは常套のこの編成はエバンスにとってはかなり例外的なものでした。しかも相手はスタン・ゲッツ!)、果ては多重録音まで、さまざまなフォーマットでのレコーディングを提案します。その一つがオーケストラとの共演でした。

 1963年、まずテイラーは、映画やテレビの主題歌をウィズ・オーケストラでエバンスに録音させます。「プレイ・ザ・テーマ・フロム・ザ・V.I.P.」というタイトルのこの作品は、楽曲の親しみ易さが受けてかなりのヒットとなりましたが、明らかな売れ線狙いだったためジャズ・フィールド内での評価は芳しいものではありませんでした。エバンス自身、「クレジットには仮名を載せたい」といっていたほどですから、本人も不本意な仕事だったのでしょう。

本場のジャズに追いつき、いつかは追い越したいという意欲にあふれたメンバーに囲まれたせいでしょうか、そこで繰り広げられているジャズは、ウッズがかつてアメリカでやっていたそれとはいささか趣を異にするものとなりました。その特徴をひと言でいえばハードボイルド&ドラマティック。ビバップを土台にしながら、モードやフリー・ジャズの要素までをも取り入れたその音楽は、欧州系リズム・セクションの特徴でもあるエッジの効いたビートと、伸びのある筋肉質なサックスの音色とあいまって、表面的には硬派な質感を放ちながら、同時に激情的といっても過言ではないほどの「歌」が横溢しています。

 その象徴的なトラックが、アルバムのオープニングを飾る《アンド・ホエン・ウイ・アー・ヤング》(若かりし日)。同年6月、ダラスで暗殺されたケネディ大統領に捧げられたこの曲は、全編が「悲壮な力強さ」に貫かれていて、きく者の心を強く動かさずにはおきません。痛切な鎮魂歌のような序奏。ボサノバと4ビートが交錯し、哀しみを疾走させるアドリブ。英雄の死がもたらす混沌を暗示するかのようなフリーキー・パート……。その音楽を、ワルシャワ陥落に心を痛めたショパンが作曲したといわれる《革命》にたとえてしまうと、さすがに辻褄合わせの感も否めませんが、でもこの両者に、「悲しみを闘志に変えようとする不屈の魂」という共通項があるのはたしかです。むろん好き嫌いはありましょう。しかし少なくとも僕の記憶では、この曲をはじめてきいた人は例外なく「フィル・ウッズがこんなにカッコよくてグッとくる音楽をやるのなら、もっときいてみたい」と、一発でファンになってしまいました。みなさんもそうならよいのですが……。

 そうそう、今思い出しました。ビリー・ジョエルの名曲《素顔のままで》できかれる印象的なサックス。そういえばあれはウッズが吹いているのでした。パリから帰米後、スタジオ・ワークから完全に足を洗っていた彼が、どういう心境の変化でこの仕事を引き受けたのか定かではありませんが、あの演奏をきくと、た しかにこの素晴らしい才能をジャズの世界だけに囲い込んでおくのはもったいないと思えますね。

著者紹介

藤本史昭/1961年生まれ。上智大学文学部国文学科卒。写真家・ジャズ評論家として活動。「スイング・ジャーナル」誌ディスク・レビュアー。共著に『200DISCS ブルーノートの名盤』(立風書房)、『楽器でジャズを楽しもう』(河出書房新社)がある。王子ホールの舞台写真の多くは氏の撮影によるもの。
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