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王子ホールマガジン 連載

クラシック・リスナーに贈る
ジャズ名盤この1枚

文・藤本史昭

王子ホールマガジン Vol.20 より

「スタンダーズ・ライブ!/星影のステラ」
キース・ジャレット・トリオ

キース・ジャレット(p)
ゲイリー・ピーコック(b)
ジャック・ディジョネット(ds)

1985年7月2日 パリ、パレ・デ・コングレで録音

 「ピアノ・トリオでスタンダード・ナンバー」というのは、本来ジャズの王道なのですが、そのフォーマットの中に知的でノーブルな成分が多いせいでしょう か、近年は「恋人たちのひと時を演出するマスト・アイテム」みたいな扱われ方をすることが多いようです。

 こういう現象は1980年代初頭からすでにはじまっており、当時流行ったカフェバー(ふ、古い……)はもとより、そこいらの居酒屋チェーンでまでピア ノ・トリオが流れてたりするもんだから、硬派なファンを自認していた僕は「これはイカンのではないか!」と激しく憤り、それが高じてついには「スタンダードをやるピアノ・トリオはとりあえず眉にツバをつけて聴く」という屈折した態度を取るようにまでなってしまったのでした。

 そんな折、キース・ジャレットがトリオでスタンダード集を吹き込んだというニュースが伝わってきたのですから、いや、驚いたのなんのって。だってそれまでのキースと言えば、保守的なジャズに背を向け新しい表現を追求するストイックな求道者というイメージが強かったのです。その彼がよりによってトリオでスタンダードだとぉ? 「キースよ、お前も時流と金の力には勝てなかったか」と正直思いましたね。事実、現在もトリオでベーシストをつとめるゲイリー・ピーコックも、最初このプ ロジェクトを持ちかけられた時「なんで今さらスタンダードなんだよ?」と訝ったそうですから、まあ僕の嘆きもあながち的外れではなかったようです。

 でもまあ話題作ではあるし、心のどこかでは嘲笑ってやろうといういけずな思いもあったのでしょう、聴きましたよ。聴いて、腰を抜かしましたよ。なぜなら、そこで演奏されているのは耳タコのスタンダードであるにもかかわらず、「一丁上がり!」的なお手軽感は微塵もなく、今生まれたばかりの曲を演奏するかのような初発的表現衝動にあふれていたからです。

 「コードを大きく変えてるわけでもないし、アドリブで使ってる音も常識的なのに、なぜこんなことになるのだろう?」……ない頭で一所懸命考えて思い当 たったのは、キースが従来の方法論とは違う発想で即興を展開しているのではないか、ということでした。

 これまでにも何度か書いてきましたが、ビバップ以降のアドリブ手法というのは、あるコード進行に対して常套フレーズをたくさんストックしておいてそれを 適宜組み合わせていくというのが一般的だったのですが、どうもキースはそうではなくて、「頭に浮かんだメロディーをそのまま弾く」という、きわめて原初的 な手法で即興をおこなっているようなのです。そうやって生まれた音楽が初発性を強く感じさせるのは、だから当然と言えば当然。しかもこのトリオはそれを キースだけでなく、ベースのピーコックもドラムのジャック・ディジョネットも同時におこない、にもかかわらず驚異的な完成度のパフォーマンスを実現するの ですから、これはもうある意味神業です。ジャズ史に残るピアノ・トリオと言えばビル・エバンスのそれが有名ですが、キースのトリオはいくつかの点でそれを 凌駕している……と言うことはつまり、ある部分ではこれは史上最高最強のトリオと言っても過言ではないと僕は思います。

これまでにキースはこのトリオでかなりの数のスタンダード集を残していますが、さてその中でどれを選ぶか。個人的には、最初の録音である「スタンダーズ vol.1」「同vol.2」の初々しさも捨てがたいのですが、ここでは初のライブ作品となった「スタンダーズ・ライブ!/星影のステラ」を挙げましょ う。アルバム・タイトル曲におけるスタティックな、それでいて凛とした気品と緊張感が漲る演奏は、数多くある彼らの演奏の中でも比類なき種類のものと言っていいでしょう。また、このトリオの、特に初期の大きな特徴に「緊密なインタープレイと躍動的な推進力の共存」ということがあるのですが、それが遺憾なく発揮されたのが《今宵の君は》です。素晴らしいスイング感を携えて、大きな放物線を描くように高揚していくこの演奏は、表面的には洗練の極みのように見えても、その実彼らがその内面に、荒々しい“ジャズの獣”を飼っていることを教えてくれます。

 今年、結成25周年を迎えるキース・ジャレット・トリオ。現在もその表現のクオリティには微塵の衰えも感じられません。

著者紹介

藤本史昭/1961年生まれ。上智大学文学部国文学科卒。写真家・ジャズ評論家として活動。「スイング・ジャーナル」誌ディスク・レビュアー。共著に『200DISCS ブルーノートの名盤』(立風書房)、『楽器でジャズを楽しもう』(河出書房新社)がある。王子ホールの舞台写真の多くは氏の撮影によるもの。
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