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王子ホールマガジン 連載

 

王子ホールマガジン Vol.46 より

 「スタン・ゲッツ・アット・ストーリーヴィル」
 スタン・ゲッツ

 スタン・ゲッツ(ts) ジミー・レイニー(g) アル・ヘイグ(p)
 テディ・コティック(b) タニー・カーン(ds)

 1951年10月28日 ボストン“ストーリーヴィル”で録音

 突然ですが、もしみなさんのまわりに「重度のアルコールとドラッグ中毒で」「その過剰摂取のため1度ならず人事不省に陥り」「麻薬捜査にきた警官に銃で抵抗し」「クスリ欲しさにドラッグ・ストアで強盗をはたらく」そんな人間がいたら、友達になりたいと思いますか? 思いませんよね。僕だってごめん被りたい。しかし、ではその人に、きく者すべてを虜にしてしまう、それこそ麻薬のようなとんでもない音楽の才能があったとしたら……。
 今回ご紹介するスタン・ゲッツは、まさにそんなジャズマンでした。
 ジャズ史上、アルコールやドラッグに魅入られたミュージシャンは枚挙に暇がありませんが、中でもゲッツのそれは筋金入りでした。15歳でジャック・ティーガーデンのバンドに入団するやアルコール依存症となり、続くスタン・ケントン楽団在籍時にはヘロインに手を出し、ウディ・ハーマンのビッグバンドで名を知られるようになった20歳の頃には押しも押されもせぬ立派なジャンキーに成長。冒頭に挙げた行状のせいで、26歳の時ついに逮捕され半年間の麻薬刑務所暮らしを送ることになりますが、出所してからも――多少量は減ったものの――1991年に64歳で世を去るまでそれらの悪癖と縁が切れることはありませんでした(自身の告白によれば、ライヴの時はほとんど、レコーディングの時は100%ヘロインを打っていたそうです)。
 ゲッツにとって不幸だったのは、そういう状態にあっても、彼の音楽が衰退の影を一切感じさせなかった、ということです。ふつう、これほどドラッグと深く関わると演奏のクオリティは落ちていくものですが、ゲッツの場合、その影響はまったく見られなかった。心身がどんなコンディションであっても、いったんサックスを口にすれば、彼はチャーミングこの上ない音楽を、まるで鼻歌でも歌うように易々と紡ぎ出すことができたのです。それがいかに素晴らしいものであったか、ジョン・コルトレーンの「もし我々が彼のように吹けるものなら、1人残らず彼のように吹いているだろう」という言葉が物語っているでしょう。
 もちろんドラッグのせいで彼の精神は蝕まれたし、私生活も安定しているとはとてもいい難いものでしたが、彼としてはよい音楽を生みだせればそれでよかったのです。そして、おそらくまわりの人間も――自分が実害を被らない範囲内で彼が質の高い音楽を提供し続けてくれる限りは――その酒癖薬癖に目をつぶり続けた……。
 いうまでもなくこれは法にも倫理にももとることです。優しさと冷酷さ、大らかさと猜疑心、そういう矛盾が同居した複雑な性格や(あるミュージシャンはゲッツのことを“彼ら”と呼びました)、その死を招来した癌が、長きにわたるドラッグ摂取のせいであったことは明らかでしょう。しかし一方でその“”が、ゲッツの音楽に唯一無二の生命を吹き込んだことも事実なのです。 ゲッツという人は、音楽のジャンルやスタイル、あるいは編成にあまり頓着しないタイプのミュージシャンでした。デュオからビッグバンドまで、ボサノヴァからモードまで、彼は雇い主の要求や時代の流行に合わせて様々な演奏をおこない、にもかかわらずどんなシチュエーションにおいても紛う方なきスタン・ゲッツの音楽を屹立させることのできる、真の天才でした。だから彼の残した作品のレベルは、どの時代のものも一定水準以上なのですが、今回はその中でも最高傑作と名高いアルバムを取り上げることにしましょう。
 51年の録音ですから当時ゲッツはまだ24歳。しかしその演奏はすでに、文句のつけようのないほどの完成度を示しています。一見クールな、しかし内に芳醇なエネルギーを漲らせたトーン。そのどれもが完璧な“歌”になっていて、しかも「今・ここで」生まれたという初発性に充ち満ちたアドリブ。瑞々しい叙情。一分の隙もないバンド・サウンド(特にジミー・レイニーの弾くギターとのコンビネーションは最高です)。黒人のジャズマンが圧倒的優位を誇っていた当時にあって、これは、白人の手によって成されたジャズの最高峰といっても過言ではないでしょう。
 たしかにゲッツの音楽は、ドラッグの力を借りて生まれた仮初めの達成であったかもしれません。しかしだからといって、彼が現出させた、そして盤に刻み込んだ“一瞬の奇跡”の価値は、少しも減じられることはないと、僕は信じます。

著者紹介

藤本史昭/1961年生まれ。上智大学文学部国文学科卒。写真家・ジャズ評論家として活動。「ジャズ・ジャパン」誌ディスク・レビュアー。共著・執筆協力に『ブルーノートの名盤』(Gakken)、『菊地成孔セレクション~ロックとフォークのない20世紀』(Gakken)、『ジャズ名盤ベスト1000』(学研M文庫)などがある。王子ホールの舞台写真の多くは氏の撮影によるもの。
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