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王子ホールマガジン 連載

 

王子ホールマガジン Vol.27 より

「ビル・エバンス・トリオ・ウィズ・シンフォニー・オーケストラ」
ビル・エバンス

ビル・エバンス(p) チャック・イスラエル(b) ラリー・バンカー(ds) クラウス・オガーマン(arr, con) & オーケストラ

1965年9月29日、10月18日&12月16日
ニュージャージー/ヴァン・ゲルダー・スタジオで録音

 ジャズ・ピアノの歴史の上で、自分の表現にクラシックの語法を本格的に取り入れた最初のピアニストはビル・エバンスだと僕は考えています。もちろん「クラシックの曲を弾いた」というピアニストならほかにもたくさんいました。たとえばアート・テイタムは、エバンスがリーダー・デビューを果たすはるか前にドボルザークの《ユーモレスク》を録音しているし、バド・パエウルは「バド!」というアルバムの中でバッハをモチーフにした《バド・オン・バッハ》という曲を演奏しています。あと、バッハといえばジャック・ルーシェ。クラシック曲のジャズ化を語る際に、彼を忘れるわけにはいかないでしょう。

 そういう人たちと、しかしエバンスが決定的に違ったのは、彼がカバーという次元ではなく、クラシックのピアニズムそのものを自分の演奏に援用したことです。それを具体的にいえば「ソノリティの意識化」。エバンスの出現は、それまで「どの音を弾くか」ということばかりが重要視されていたジャズの即興表現に、「その音(あるいはハーモニー)をどう響かせるか」という新たなファクターをつけ加えたのです。

 にもかかわらず、どういうわけかエバンスは、その生涯で直接的にクラシックの曲を自身のレパートリーに入れたことはほとんどありませんでした。その理由は定かではありませんが、あるいはクラシック音楽への畏怖の思いが、安易にこのジャンルの曲を取り上げることを彼に躊躇させたのかもしれません。そんなエバンスがただ一度だけ禁を破って録音したクラシック・カバー作品集が、今回ご紹介する「ビル・エバンス・トリオ・ウィズ・シンフォニー・オーケストラ」です。

 この作品を録音した当時のエバンスは、自分のスタイルをほぼ確立し、シーンでの評価もぐんぐん高まり、その音楽は成熟の度を増していました。しかし成熟は一歩まちがえばマンネリズムに陥りかねません。そのことを危惧したのか、プロデューサーのクリード・テイラーはエバンスに、ソロ、デュオ、ワンホーン・カルテット(ジャズでは常套のこの編成はエバンスにとってはかなり例外的なものでした。しかも相手はスタン・ゲッツ!)、果ては多重録音まで、さまざまなフォーマットでのレコーディングを提案します。その一つがオーケストラとの共演でした。

 1963年、まずテイラーは、映画やテレビの主題歌をウィズ・オーケストラでエバンスに録音させます。「プレイ・ザ・テーマ・フロム・ザ・V.I.P.」というタイトルのこの作品は、楽曲の親しみ易さが受けてかなりのヒットとなりましたが、明らかな売れ線狙いだったためジャズ・フィールド内での評価は芳しいものではありませんでした。エバンス自身、「クレジットには仮名を載せたい」といっていたほどですから、本人も不本意な仕事だったのでしょう。

 で、そのリベンジ的な意味をもつのが、2年後に録音された本作です。「V.I.P.」とは対照的に、ここに収められた楽曲はそれぞれに意匠が凝らされ、全体が格調高く芸術色の強いトーンで彩られています。先に述べたように、元ネタのほとんどはクラシック。ありがちな、テーマをお手軽にアレンジしただけのものとは違い、元曲に敬意を払いつつも、それをピアノ・トリオとオーケストラが一体となって大胆に解体・再構築して生まれたその音楽は、完成度の点でも、また志の高さでも、この種のジャンルの中ではトップ・クラスに位置すると個人的には信じています。</p>たとえばグラナドスの「ゴイェスカス」に材を取った《グラナダス》。ピアノ・ソロによるイントロは、“響きのピアニスト”エバンスのまさに真骨頂を示したものですし、そのあとオーケストラの主題提示部(これがまた素晴らしい!)をはさんであらわれるトリオ・パートはまごうかたなき第一級のジャズ・パフォーマンスになっています。あるいはバッハの「シチリアーノ」をモチーフにした《ヴァルス》。シングル・トーンで訥々と弾かれていたテーマ・メロディーに、緊張感に満ちたハーモニーが寄り添う瞬間は、本当に背中がゾクリとします。

 それ以外にもここではスクリャービン《前奏曲第15番》、フォーレ《パヴァーヌ》、ショパン《前奏曲第20番》などの作品が取り上げられていますが、そのどれもが「え、この曲がこんなふうになるの!?」という驚きと同時に、強い説得力をもってきき手の心に迫ってきます。「作曲家が精魂込めた作品を、ジャズなどという下賤な音楽に利用するとは言語道断!」という原典主義のあなた。だまされたと思って、一度お試しになってはいかがですか?

著者紹介

藤本史昭/1961年生まれ。上智大学文学部国文学科卒。写真家・ジャズ評論家として活動。現在「スイング・ジャーナル」誌ディスク・レビュアー。共著に『200DISCS ブルーノートの名盤』(立風書房)、『楽器でジャズを楽しもう』(河出書房新社)がある。王子ホールの舞台写真の多くは氏の撮影によるもの。
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