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王子ホールマガジン 連載

クラシック・リスナーに贈る
ジャズ名盤この1枚

文・藤本史昭

王子ホールマガジン Vol.21 より

「ジャンゴロジー」
ジャンゴ・ラインハルト

ジャンゴ・ラインハルト(g)
ステファン・グラッペリ(vln)
ジャンノ・サフレ(p)
カルロ・ペコリ(b)
オーレリオ・デカロリス(ds)

1949年1月~2月 ローマで録音

 ウディ・アレンが監督した「ギター弾きの恋」という映画をご存知ですか? ちょっとやくざな、でも演奏の腕前は一流のギタリスト、エメット・レイの破天荒な半生とほろ苦い恋を描いたこの映画、アレンならではの人を食った作りもあって僕は大好きなのですが、その中で主人公が自分を「世界で2番目のギタリスト」と呼ぶシーンがあります。じゃ1番目は誰なんだとたずねられると、彼曰 く「もちろんジャンゴさ」。一度など、自分が出演するクラブにジャンゴが遊びにくると知り、緊張のあまり彼は逃げ出してしまったほど。それほどエメットを 畏怖させたジャンゴとはどんなギタリストだったのか、というのが今回のお話です。

 ジャンゴ・ラインハルトは1910年、ベルギーに生まれました。父母ともに旅芸人の音楽家&ダンサー、つまりジプシーですね。当然ジャンゴも旅から旅へのキャラバン育ち。それは決して楽な生活ではなかったはずですが、しかし実はこのことが彼のユニークな音楽性を確立する上で、大きな役割を果たすこ とになります。

 「旅から旅」ということは、さまざまな国々を回るということ。それはつまり、行った先々でその国の音楽に触れられるということです。ジャンゴの音楽に は、“ジャズ”のひと言では括りきれない汎ヨーロッパ的な響きがふんだんにありますが、それは彼がジャズにあこがれつつ、ジャズ以外の音楽要素をもたっぷりと身のうちに取り込んでいたからにほかなりません。ジャンゴの音楽を考える時、まず押さえるべきはこの点だと僕は思います。

 さて、14歳で初レコーディングを経験し(尤もこの時演奏したのはバンジョーだったそうですが)、18歳頃には早くも欧州各国の楽団で引っ張りだこに なったジャンゴですが、好事魔多し、そんな彼をとんでもない災難が襲います。ある時キャラバン隊が火事を出し、消し止めるために火に飛び込んだジャンゴ は、左手の薬指と小指に大火傷を負い、動かすことができなくなってしまうのです。

  これ、どういうことかわかりますよね? 残った指は3本ですが、うち親指は弦を押さえるのにはあまり役に立たない。つまり実質人差し指と中指の2本で演奏するしかないわけです。ふつうならこの時点でギタリストをあきらめるところ。ところがジャンゴは、残った3本の指だけで健常ギタリストにまったく遜色のない、いやそれどころか指が6本あっても弾 けないような超絶のスタイルを生み出し、約1年後にカムバックするのです。僕も映像で見たことがあるのですが、いや、この演奏はすごいですよ。目をこらせ ばたしかに3本の指しか使っていないのですが、ジャンゴは涼しい顔をしてとんでもないフレーズを連発するのです。これでもし、ふつうの身体だったら……と 考えなくもないのですが、そうだとしたら彼の演奏はあれほど神懸かったものにはならなかったようにも思えます。ベートーヴェンやスティービー・ワンダーも そうですが、音楽の神様というのは、人の何かと引き替えに、ものすごい才能を与えるということを時々するものですし……。

ジャンゴの妙技を味わえるアルバムはたくさんありますが、中でももっとも有名で、かつ優れているのは「ジャンゴロジー」でしょう。僚友ステファン・グラッペリとともにイタリアを訪れた際に録音された58曲の音源のうち、ベストと呼べるパフォーマンスを選りすぐったこのアルバムには、彼のすべてがつまっているといっても過言ではありません。哀愁、エスプリ、ユーモア、ダンディズム……アメリカのジャズマンたちがどんなに望んでも手にし得なかったそれらのものを難なく体現できたからこそ、彼らはジャンゴに一目置き、共演を熱望したのかもしれません(1946年には彼はデューク・エリントンの招きで渡米し、エリントン楽団と共演を果たしました。また彼の死を悼んでジョン・ルイスが作曲した《ジャンゴ》は、今ではジャズのスタンダードとなっています)。

 このアルバムは、アマチュアのジャズ・ファンが私的に録音したもので、音質はかなりきびしいのですが、村上春樹氏の言葉を借りれば「この音楽にはこれくらいの音質がちょうどいいんじゃないか」(「ポートレイト・イン・ジャズ」新潮文庫)とも思えます。秋の夜長、みなさんも古き良きヨーロッパの香気に身を 浸してみてはいかがですか?

著者紹介

藤本史昭/1961年生まれ。上智大学文学部国文学科卒。写真家・ジャズ評論家として活動。「スイング・ジャーナル」誌ディスク・レビュアー。共著に『200DISCS ブルーノートの名盤』(立風書房)、『楽器でジャズを楽しもう』(河出書房新社)がある。王子ホールの舞台写真の多くは氏の撮影によるもの。
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