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王子ホールマガジン 連載

ピアノという仕事Vol.4 アレクサンドル・タロー

王子ホールマガジン Vol.32 より

数ある西洋楽器のなかでもメジャーな存在といえば、ギターやフルート、ヴァイオリン、そしてなによりピアノだろう。だがピアノで食べている人間はそう多くない――ほとんどの場合は子供のころの『お稽古』で終わるものが、長じて生活の糧を得る手段となるまでに、どういった変遷をたどるのだろう。この連載では王子ホールを訪れる、ピアノを仕事とする人々が、どのようにピアノと出会い、どのようにピアノとかかわっているのかにスポットをあてていく。

第4回のゲストは、個性的なリサイタル・プログラムや、盟友ケラスとのデュオで王子ホールの聴衆を沸かせてきたアレクサンドル・タロー。ピアノを持たないピアニストであり続ける理由とは――

アレクサンドル・タロー(ピアノ)

パリ生まれ。パリ国立高等音楽院卒業。1989年のミュンヘン国際コンクールで第2位を獲得、以来国際的な演奏活動を展開。欧米の主要コンサートホールでソロ・リサイタルを行うほか、各地の音楽祭等にも出演し、独自の切り口を持つ意欲的なプログラムで注目を集めている。ジャン=ギアン・ケラス(チェロ)とのデュオではこれまで2度の来日公演を成功させている。オーケストラ・ソリストとしてもフランスを中心に世界中で招かれ共演。優れた企画によるCDは常に話題となっている。

 

 

 

Q はじめにピアノとの出会いについてお聞かせください。

アレクサンドル・タロー(以下「タロー」) 自宅にピアノがあって、姉が弾くのを聴いていたのが最初ですね。物心つく前からいつも触っていました。自分とピアノとの関係はとてもフィジカルなもので、この楽器に触れるのがとても好きなんです。皮膚を通してピアノとつながる感覚があって、今でもそれは変わりません。先生について学ぶようになったのは5歳のときです。カルメン・タコン=ドヴナという素晴らしい先生に恵まれました。もう95歳ですがまだご健在で、私にとっては第二のお母さん。自分の人生にとって、とても大切な存在です。

Q 芸術的な家庭で育ったと聞いておりますが、ご両親はどんなお仕事を?

タロー 母はパリ・オペラ座のバレエダンサーで、父はバリトン歌手でした。そんな両親に育てられたからでしょうか、ピアノを弾くときは、いつもリズムと歌心を強く意識しています。小さい頃からピアノで歌いたい、人間の声をピアノで奏でたいという欲求があったんです。

Q プロのピアニストになることを意識しはじめたのはいつごろでしたか?

タロー 昔はピアニストになりたくなかったんですよ。本当はマジシャンになりたかった(笑)。その後は指揮者とか作曲家に憧れて、小さい頃はたくさん曲を書きました。でも作曲とピアノの両方をやるのは自分には無理でした。ピアノに専念しようと思ったのは18歳か19歳のときです。自分でピアノを選んだというよりは、ピアノに選んでもらったというか、自然とピアニストへの道が拓けていったとしか言いようがありません。

Q 日々のピアニストとしての生活についてお訊きします。ご自宅にピアノを置いていないというのは以前からよく知られた話ですが、ピアノを持たないピアニストというのは非常に珍しいですよね。

タロー でも実際は、こうしてホールに来ているのと同じようなことです。ホールの楽屋に来ると、自分と楽譜があるだけで、あとは何の雑念もなく集中してピアノに向き合える。自宅にピアノがあると、他のいろいろなことが気になって集中しきれなくなってしまいます。練習するときは音楽のことだけを考えたいんです。もちろん練習はたくさんしますけど、自宅ではやらないというだけです。ピアノに浸かりすぎてしまって生活のバランスを崩してしまうピアニストだっているぐらいで、自分の部屋にピアノがあったら、それが人生の大部分を占めてしまう。一日中家にこもってピアノを弾いたところで、それが中身の伴った練習になるとは限りません。むしろ家にピアノがないほうが密度の濃い練習ができると思います。ですからピアノとはある程度距離を置いたほうが健全な関係を保てるんです。
 もうひとつ大事なのは、イメージトレーニングをすること。ピアノを弾いていなくても頭の中では音楽のことを考えていて、どんな音色を求めているのか、新しい作品を弾くときにどんなテンポで、どの程度音を持続させて、曲をどう構築していって……ということを考えに考えたうえでピアノに向かう。そうすると実際に音を出すときには自分が何をすべきかがはっきりしています。私はこれがベストなやり方だと思っています。

Q Webサイトを拝見しましたが、ご自分で撮影された写真を置いたりだとか、ピアノ演奏だけでなく、アーティストとしての自分をさまざまな方法で提示しているような印象を受けました。

タロー ピアノの前に座っていかにも「ピアニストです」みたいな感じにはしたくありませんでした。視覚にも訴えるような、アーティスティックなサイトにしたかったんです。ツアーに出るときはよく写真を撮っていて、そうして撮りためた中から1都市につき1枚の写真を選んで、それをつなげて表示するようにしてみました。2012年にはスイスの小さな町で、コンサートと同時期に初めての個展を開く予定なんです。

Q Webサイトにはダンサーと共演したビデオ・クリップなども置いていますね。

タロー もともとはオーストラリアのエリス・マクレオルドという女性クリエーターのアイディアで、クープランの曲とヒップホップ・ダンスを融合させてみようというものでした。「そんな無茶な」と思ったけれど、すごく自然に仕上がりました。

Q こうしたコラボレーションは先々も続けていきたいとお考えですか?

タロー 私の人生はピアノとクラシック音楽とともにありました。でも別の世界のアーティストとのコラボレーションは必要だと考えています。小さい頃はバレエを習っていたのでダンスは大好きだし(笑)。今年の2月には映画デビューもするんですよ。「ピアニスト(2001年・フランス)」でカンヌ国際映画祭のグランプリを受賞したミヒャエル・ハネケ監督の作品で、年老いたピアノ教師のかつての教え子で、プロになって活躍している人物、という役どころです。もちろんピアノに関しては自分の仕事なので問題ありませんが、それでも自分にとっては新たなチャレンジです。撮影はこれからですが、伝説的な俳優であるジャン=ルイ・トランティニャンと共演するシーンもあるのでとても楽しみです(2012年5月カンヌ出品予定)。

Q 音楽に限っていうと、この先どのようなプランがあるのですか?

タロー 最新のアルバムはスカルラッティのソナタ集ですが、これをベースにしてアルベルト・ガルシアというフラメンコ歌手/ギタリストと共演しようと考えています。スカルラッティはスペインに住んでたくさんの作品を残しました。そのスペインの伝統音楽であるフラメンコを、スカルラッティと並べてみると面白いだろうと考えたんです。2人で一緒に演奏するのは3、4曲ぐらいで、それ以外は交互に演奏する予定です。それから2012年には、カナダのヴィオロン・デュ・ロワ(王のヴァイオリン)という室内オーケストラとバッハのチェンバロ協奏曲を収録したアルバムがリリースされます。彼らはモダン楽器にバロックの弓を使うので、バロックとモダンの音色が融け合って非常に興味深い。バッハの作品をモダン・ピアノと古楽アンサンブルで録音するのは初めてのことかと思います。こういった「どこか新しい試み」というのは常にやっていきたいですね。

Q 最後になりますが、コンサート・ピアニストという仕事の難しさと喜びは?

タロー 辛いのは、毎日のように移動してホテルとベッドを変えること。実際は日本に来るほうがヨーロッパであちこち行くよりラクなんですよ。ヨーロッパで毎日のように違う国へ行くほうがよっぽど疲れます。コンサートそのものが辛いわけではなくて、そこに至るまでの過程が大変ですね。
 ステージで演奏する喜びに関して言うと、コンサートというのはデートのようなもので、身なりにも気を付けなければいけないし、ステージに出る前はいつも心臓がバクバクする。そして緊張の対面を迎えるのですけど、その最初の10秒とか15秒がすごく大事なんです。この10秒間でその日のデートがうまくいくかどうかが決まるといってもいいくらいです。第一印象がよければデートだってたいていうまくいきますから。でももし第一印象があまり良くなかったとしても、ともに時間を過ごすうちにいい関係を築けることもある。そうやって何年もかけて作り上げた関係というのは、何物にも替えがたい、大きな喜びです。

(文・構成:柴田泰正 写真:藤本史昭 協力:アスペン)

【CD情報】
タロー・プレイズ・スカルラッティ (輸入盤 VCW-6420162 オープン価格)

ドメニコ・スカルラッティ:ソナタ
 K.239 ヘ短調/K.208 イ長調/K.72 ハ長調/K.8 ト短調/K.29 ニ長調
 K.132 ハ長調/K.430 ニ長調/K.420 ハ長調/K.481 ヘ短調/K.514 ハ長調
 K.64 ニ短調/K.32 ニ短調/K.141 ニ短調/K.472 変ロ長調/K.3 イ短調
 K.380 ホ長調/K.431 ト長調/K.9 ニ短調

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