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特集《バロック・ライヴ劇場》への招待  文:片桐卓也(音楽ライター) 

王子ホールマガジン Vol.44 より


ル・ポエム・アルモニーク 2012年公演より

 いま私はワクワクする気持ちを隠せない。王子ホールで、この秋から始まる《バロック・ライヴ劇場》の3つのコンサートのラインナップを眺めているからだ。
 それは「ロベルタ・マメリ&ラ・ヴェネクシアーナ」「ル・ポエム・アルモニーク」「アマンディーヌ・ベイエ&リ・インコーニティ」という3つのグループによるバロック音楽のコンサートで、10月から11月の2ヶ月間にかけて行われる。なんて素晴らしいチャンスなのだろう。いまヨーロッパで活躍中の、しかもグループの個性が際立っている3つの団体が、それぞれに得意とする作曲家の作品を集めてコンサートを開くのだ。言ってみれば、ヨーロッパの古楽演奏の美味しいコース料理を、3回に渡って味わう、そんな感じなのである。
 バロック音楽、と一口に言うけれど、バロックの時代は実は古典派やロマン派の時代よりも長く、それが演奏された地域によってもかなり様相が違っている。しかも、長く演奏されず、忘れられていた作曲家、作品も多い。だから意外にその魅力が知られていないジャンルでもある。
 バロック音楽の魅力とは? 個人的な意見だが、私にとってバロック音楽の魅力は、シンプルさと複雑さが同居する点にある。耳から入ってくるメロディのシンプルな美しさ。それは山間を流れる清流のような清々しさを持つ。一方で、旋律楽器だけではなく、伴奏に回っている楽器の種類の多さも魅力だ。いわゆる通奏低音と呼ばれる楽器だけでも、チェンバロ、リュート、テオルボ、バロック・ギター、バロック・ハープ、ヴィオラ・ダ・ガンバなどがあって、それらの楽器の奏でる多様な音とハーモニーが美しい。バロックならではといえるリズムの多彩さも重要だ。
 そして、さらにバロック音楽を魅力的にしているもの。それが新しい時代のアンサンブル、演奏家たちの、素晴らしいアイディアと真摯な音楽的姿勢なのである。
 ヨーロッパで古楽に対する関心が高まり、古い音楽の見直しが始まったのはいつ頃か。それにはたくさんの議論があるのだが、例えば、初演後100年たって、若きメンデルスゾーンがヨハン・セバスティアン・バッハの「マタイ受難曲」を復活演奏(1829年)したことによって「忘れられていた作曲家」バッハに再び光があたった。そして20世紀の初頭には、チェロの巨匠カザルスがバッハの無伴奏チェロ組曲を発掘し、ランドフスカがチェンバロを復活させ、1904年にチェンバロでバッハの音楽を演奏した。
 メンデルスゾーンはちょっと脇に置いて、そのカザルス、ランドフスカをとりあえず第一世代とするならば、レオンハルト、アーノンクール、クレマンシックなどは第二世代、そして1980年代に次々と誕生したアンサンブル、クリスティとレザール・フロリサン、ミンコフスキとレ・ミュジシャン・ド・ルーヴルなどは第3世代と言えるだろう。そしてこの秋、王子ホールでコンサートを開くグループは、第4世代と言えるかもしれない。バッハやヘンデル、テレマン、パーセル、リュリ、ラモーなどの、バロック音楽の大物たちの音楽が再発見された後で、第4世代のグループは、さらに作曲家の探索を広げ、様々な未知の作品を掘り起こしてくれた。
 そして、もっとも大事な点だが、その古い音楽を再び演奏するにあたって、彼らは、その音楽が1週間前に書かれたかのような新鮮な命を持っていて、それが21世紀でも魅力を放っている、と信じている。まるで同時代の作曲家の作品のような愛着を持ちながら、数百年前の音楽に接すること。それこそ第4世代グループの演奏の魅力なのである。それは聞いて頂ければ、すぐに分かる事だ。さらに言えば、大きなコンサートホールではなく、まるで昔の貴族の館のサロンのようなサイズの王子ホールこそ、彼らの演奏の息づかいを感じてもらえる、絶好の会場なのである。
 さて、前口上はこのぐらいにして、それぞれのグループ、そのコンサートについて紹介したいと思う。

ロベルタ・マメリ&ラ・ヴェネクシアーナ
〜ある夜に〜


マメリ写真(c)Ribalta Luce Studio

 素晴らしいカウンターテナーでもあり、チェンバロも演奏するクラウディオ・カヴィーナを中心に1996年に結成されたラ・ヴェネクシアーナ。イタリアのバロック音楽の巨匠で、オペラが誕生した時期の最も重要な作曲家クラウディオ・モンテヴェルディ(1567〜1643)の作品の解釈、再現に関しては、最も高い評価を得ているグループである。すでにモンテヴェルディのマドリガーレ全集を録音しており、ヨーロッパで高い評価を得ている。
 共演するロベルタ・マメリはローマ生まれのソプラノ歌手。古楽系のグループと共演するだけでなく、アバド、ジェフリー・テイトなどの指揮者とも共演を重ねてきた。バロック時代のオペラを重要な音楽祭で歌っており、モンテヴェルディ、ヘンデル、ヴィヴァルディなどのオペラに出演している。
 彼らが王子ホールで取り上げるのは、そのモンテヴェルディのオペラ、マドリガーレを中心に、モンテヴェルディを取り巻く同時代の作曲家の作品だ。
 モンテヴェルディの最初のオペラ「オルフェーオ」は1607年にマントヴァで上演された。ギリシャ神話の有名なオルフェウスの物語をオペラ化したものだが、この傑作が最初に書かれたからこそ、その後のオペラの歴史が始まった作品と言って良いだろう。そしてモンテヴェルディのマドリガーレの数々。バロック初期の声楽曲であるマドリガーレは、16〜17世紀の人々の豊かな感情を表現した歌曲で、モンテヴェルディは全8巻ものマドリガーレ集を残した。
 それらに挟まれるように置かれた器楽曲も興味深い。ピアージョ・マリーニは、モンテヴェルディがヴェネツィアのサン・マルコ寺院の楽長を勤めていた時代に、その楽団のヴァイオリニストとなり、その後パルマの宮廷で活躍したヴァイオリニスト、作曲家だ。その作品は17世紀初頭のヨーロッパで大きな影響力を持っていたと言われる。ニコラ・フォンテーイもヴェネツィアでオルガン奏者として活躍していた作曲家で、そのフォンテーイとオルガンの腕を競ったのがカヴァッリだった。そんな作曲家の関係もこのプログラムの中には隠されている。
 バロック初期のオペラと歌、そして同時代の器楽。それらが交互に登場するなかで、マメリとラ・ヴェネクシアーナのアンサンブルが作り出すのは、どんな世界になるのだろう? それぞれの作品が関連性を持ちながら、夜の闇のなかから情景が浮かび上がってくる。北イタリアの17世紀の音楽が、私たちを誘う風景。それが楽しみだ。

ル・ポエム・アルモニーク
~ルソン・ド・テネブル(聖週間のための朝課)~


(c)Guy Vivien

 すでに王子ホールでも何度か公演を行い、その素晴らしい表現力が話題となったグループ。それがル・ポエム・アルモニークだ。数多くの古楽アンサンブルがひしめくフランス音楽界の中で、ル・ポエム・アルモニークの名前はひときわ輝いている。それは彼らの音楽的なセンスがずば抜けているからだろう。とにかくルネサンス期からバロック期にかけてのフランス音楽だけでなく、各地の音楽をとてもよく研究している。そしてそれらを演奏する時の、例えば作品の並べ方、演奏のスタイル、演出、そうしたものが一体となった時にそこに現れる本当の音楽の楽しさ。それをル・ポエム・アルモニークが教えてくれた。今回は彼らの得意とするフランス・バロック期の音楽で、しかもキリスト教の行事の中でも重要な復活祭に関係する音楽を集めている。
 キリストが十字架に架けられ、亡くなり、復活した。日曜日に行われる復活祭(イースター)の前の、水曜、木曜、金曜の朝、まだ暗いなかで行われる祈りの儀式が「ルソン・ド・テネブル(聖週間のための朝課)」である。この時には13本のロウソクに灯をともし、それを1本ずつ消して行く。最後は暗闇となるが、それがキリストの死を象徴する。復活祭の前の重要な儀式だ。
 この聖週間には世俗的な音楽を演奏することが禁止されていたので、17〜18世紀のフランスでは、数々の作曲家がこの「ルソン・ド・テネブル」のための音楽を書いている。そのテキストは旧約聖書の中の「エレミアの哀歌」。旧約聖書のエレミア書の中に書かれたその歌は、紀元前6世紀頃におきたエルサレムの陥落とエルサレムの神殿の破壊を書き記したもの。バビロン捕囚時代のユダヤ人の心を表現したもので、自分自身の行いを悔い改めるという内容を持っている。
 数多くの作曲家の作品からル・ポエム・アルモニークが選んだのは、ミシェル=リシャール・ド・ラランドとマルク=アントワーヌ・シャルパンティエ、そして作曲者不詳の讃美歌。ド・ラランド(1657〜1726)はオルガン奏者、チェンバロ奏者として有名で、ルイ14世の宮廷でも活躍した。1714年から亡くなるまでは宮廷礼拝堂の楽長だったので、この時期に宗教音楽を数多く書いている。シャルパンティエ(1643〜1704)はリュリと同時代に活躍した作曲家であり、宗教音楽から劇音楽まで、多彩な作品を残している。フランスの17世紀においてはふたりとも重要な作曲家だが、ル・ポエム・アルモニークらしいなと思うのは、そこに作者不詳の作品を加えていること。ル・ポエム・アルモニークをリードするヴァンサン・デュメストルの目配りは、いつも丁寧で、その時代の音楽をより立体的に捉えられるように考えてくれる。
 ル・ポエム・アルモニークの演奏に欠かせない存在であるのが、ソプラノのクレール・ルフィリアートルである。彼女の透明な歌声の美しさは格別だが、今回のような静謐な宗教音楽では、さらにその美しい歌声が活かされるだろう。ド・ラランドの「ミゼレーレ」は長い作品なのだが、それだからこそルフィリアトールを中心とした声楽のアンサンブルの美しさを堪能できると思う。

アマンディーヌ・ベイエ&リ・インコーニティ
季節の劇場~ヴィヴァルディの「四季」とその他の協奏曲


(c)Oscar Vazquez

 2014年秋の《バロック・ライヴ劇場》の第3弾は、バロック・ヴァイオリンのベイエが音楽監督を務める古楽団体「リ・インコーニティ」によるコンサートだ。彼らは初来日となる。
 アマンディーヌ・ベイエは注目のヴァイオリニストだ。フランス生まれで、スイスのバーゼル音楽院でバロック・ヴァイオリンの名手のひとりキアラ・バンキーニに師事した。様々な団体で活躍した後、2006年にこの「リ・インコーニティ」を結成。その録音は常に話題になっている。その中には当然のことながら、ヴィヴァルディの「四季」を含む作品集もある。ベイエは現在バンキーニの後任としてバーゼルで教授となっている。
 彼らの演奏をCDで聴いてみた。例えばイタリアの古楽グループであるイル・ジャルディーノ・アルモニコの演奏がかなりエッジの効いたシャープさを売り物にしているとすれば、リ・インコーニティの演奏は、音楽にそもそも内在しているエネルギーを解き放つような、明るさと楽しさをより強く感じさせてくれるものだった。フランス的な、あるいはベイエがバロック・ヴァイオリンを習ったというエクサン・プロヴァンスなどの、地中海に近い南フランスの明るさを感じる。それはイタリアの新世代古楽アンサンブルとも違う方向性を持っていて、それをライヴで聴くことが出来るのはとても嬉しい。


(c)Clara Honorato

 グループの名前もユニーク。Incognitoというイギリスのアシッド・ジャズのグループがあるけれど、incognitoには「匿名の」という意味がある。そして「リ・インコーニティ」の名前は、ヴェネツィアの「Academia degli Incogniti」(名もなき者のアカデミー)から取られているという。彼らはすでにヴィヴァルディの協奏曲集のほかに、バッハのヴァイオリン協奏曲集なども録音している。
 さて、今回初来日となるベイエとリ・インコーニティが演奏してくれるのはヴィヴァルディの作品集だ。ヴィヴァルディと言えばヴァイオリンの名手で、膨大な数の協奏曲を書いた作曲家である。と同時に、実はオペラのジャンルでも膨大な数の作品を残していて、その上演、演奏はつい最近始まったばかりとさえ言えるのだ。その中から「オリンピアーデ」のシンフォニア(序曲)を演奏してくれるというのがとても嬉しい。ヴィヴァルディのオペラに関連する作品をライヴで聴くことが出来るのも、とてもレアなのだ。
 そしてあの「四季」。おそらくこれまで体験したことのない、4つの季節がそこに登場するだろう。ヴァイオリン協奏曲としての魅力もさることながら、ソロのヴァイオリン以外のパートの演奏も楽しみだ。録音ではヴァイオリン以外のパートが非常に個性的な「四季」であり、実演でそれがどのように演奏されているのか、見るだけでもきっと役立つだろうと想像している。

 ヨーロッパでは若い演奏家による古楽のアンサンブルが次々と出現して、それぞれの個性を競い合っている。それは古楽に「新しさ」を見つけ出し、それを楽しむ聴き手が多いからだ。王子ホールのこの「バロック・ライヴ劇場」で、バロック時代の音楽がこんなにも楽しいということを知り、バロック音楽に興味を持つ方が増えてくれると、個人的にはとても嬉しい。それは日本でももっと古楽を聴くチャンスが増えてくることを意味しているから。これまでのように、珍しい作品を聴くためにわざわざヨーロッパまで出かけるということもやめないとは思うけれど、日本でそうした体験が出来るならば、その喜びを多くの聴き手と分かち合いあえる。その方が実は楽しいのだ。

(協力:アレグロミュージック、ムジカキアラ)

【公演情報】

《バロック・ライヴ劇場》第1回公演
ロベルタ・マメリ&ラ・ヴェネクシアーナ
~ある夜に~

2014年10月16日(木) 19:00開演(18:00開場)
全席指定7,000円

詳細はこちら

《バロック・ライヴ劇場》第2回公演
ル・ポエム・アルモニーク
~ルソン・ド・テネブル(聖週間のための朝課)~

2014年11月13日(木) 19:00開演(18:00開場)
全席指定6,500円

詳細はこちら

《バロック・ライヴ劇場》第3回公演
アマンディーヌ・ベイエ&リ・インコーニティ
季節の劇場~ヴィヴァルディの「四季」とその他の協奏曲

2014年11月26日(水) 19:00開演(18:00開場)
全席指定6,500円

詳細はこちら

 

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