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オレイニチャクが語るショパンとポーランド

王子ホールマガジン Vol.54 より

ヤノシュ・オレイニチャク(ピアノ)

現代ポーランドを代表するピアニストであり、現代最高のショパン弾きのひとり。弱冠18歳で第8回ショパン・コンクールに入賞し、大きな注目を集める。その後パリに留学し、ヨーロッパを拠点に世界で活躍。これまでに数度ショパン・コンクールの審査委員に選出され、2015年10月に開催された第17回大会でも本選審査委員を務めた。ショパンの遺産を継承する真摯な活動に対し、ポーランド政府からの表彰も受けている。15年秋、ワルシャワ国立ショパン音楽院の教授に就任。

 

『戦場のピアニスト』という映画を覚えているだろうか。2002年、第75回アカデミー賞主要三部門を受賞した名匠ロマン・ポランスキー監督の名作だ。舞台は第二次世界大戦渦のポーランド。破壊し尽くされる街と、虐殺される人々。戦火のなかで生き抜くひとりのピアニストの物語。この映画の全編に流れるショパンを中心とした音楽と、主人公がドイツ人将校の前で感動的なピアノ演奏を披露するクライマックス・シーンで、迫真の「手」の演技を披露したのが、ヤノシュ・オレイニチャクである。あの映画から15年。いまやポーランドを代表するピアニストとして、17年2月の日本ツアーを控えたオレイニチャク自身に、ショパンのこと、ポーランドのことを語ってもらった。

ショパンらしさとは?
ポーランド人でなければ、ショパンをほんとうに理解できないのか、と質問されることがよくあります。この問いは、ショパンらしさとは何か、という大変デリケートで難しい問題を含んでいて、わたしが審査委員を務めているショパン国際ピアノコンクールでも、よく話題になります。この質問について、わたしはこう答えたいと思います。ショパンの魅力は、ポーランド人だけが理解できるものでもなければ、ポーランド人だけが表現できるものでもないと。でなければ、彼の音楽がこれほど国際的に広く愛されることはなかったでしょう。ショパンは、ポーランド人の母だけでなく、フランス人の父の血も受け継いでいますが、彼の音楽家としての真の完成は、祖国を離れ、異国の地で生きることを選んだからこそともいえます。ポーランド人やフランス人に限らず、日本、韓国、中国などアジア人のなかにも秀でたショパン弾きがたくさんいるのも、彼の音楽表現が民族や人種という枠を超えているという証であり、ごく自然なことだと思います。

失われた祖国とショパン
ショパンとポーランドを語るときに忘れられがちなのは、ショパンが生きた時代に、ポーランドという国は地図に存在しない国だったということです。ロシア、プロイセン、オーストリアという強国に囲まれたポーランドは、豊富な自然資源に恵まれた国でしたが、その国土を巡って掠奪され、三度にわたる国土分割によって祖国を分断されたのです。ショパンが育った首都ワルシャワも、当時はロシアの支配下に置かれていました。ショパンのパスポートがロシア政府から発行されたのもそのためです。遠くフランスの地から、ショパンがあれほど祖国への想いを強く募らせたのも、マズルカやポロネーズなど民族舞曲にこだわったのも、ただ祖国を懐かしく想う気持からだけではなく、失われた祖国への言葉にならない切実な感情が込められていたのです。

ポーランド人とショパン
ポーランド人にとって、ショパンはいうまでもなく偉大な存在です。特に、ピアニストであるわたしにとっては、ピアノを弾きはじめた幼少期から今日まで、ショパンはまさに身体の一部といってもいいほど深く滲み込んで切り離すことはできません。ただ、それは、彼もわたしも、ともにポーランドという国に生まれ、同じ言語で語り、同じ民族の文化を共有しているという理由だけではありません。ポーランドにとってショパンは、祖国が背負ってきた苦難の歴史を共有できる存在であるとともに、とりわけ、20世紀のふたつの世界大戦の廃墟から祖国が立ち上がるために、大いなる勇気と希望を与えてくれた存在でもあるのです。ショパンを理解するうえで、あえてポーランド人であることの利点といえば、たとえば日本人が日本語や日本文化を肌で感じるように、ポーランド人としてのショパンの民族性を、より肌感覚で理解できるということでしょうか。わたしは、ショパンの偉大さは、その音楽が持つ大いなる可能性と自由さのなかにあると思っています。メランコリックも、悲痛さも、激情も、やさしさも、すべてはその音楽に秘められています。ショパンの祖国であるポーランドに生まれたことをわたしが誇りに思うのは、ポーランドの伝統が息づくなかから生まれたひとつの音楽が、いかに時間と空間を越えて大きく自由な翼で羽ばたいていったか、を実感できるときなのです。

今回の日本ツアーについて
ショパンの作品は、これまで数え切れないほど演奏してきましたが、今回のプログラムは、わたしにとって現時点でのひとつの到達点といえるものです。よく知られた名曲のなかに、あまり知られていなくても、きら星のように輝く小さな小品たちもちりばめてみました。このプログラム全体が、まるでショパンのひとつの作品であるかのように響けばしあわせです。今回の日本ツアーでは、あえてサロンのような雰囲気を持ったホールで演奏しますが、東京・銀座の王子ホールは、とりわけエレガントでチャーミングなホールで、観客のみなさまもとてもすばらしいと伺っています。このホールではじめて演奏させていただくことを、いまからとても楽しみにしています。

(文・構成:浦久俊彦<文筆家、音楽・芸術文化プロデューサー>)

【公演情報】

ヤノシュ・オレイニチャク ~エスプリ・ショパン~
2017年2月1日(水) 19:00開演 18:00(開場)
全席指定 6,000円

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