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インタビュー ミケランジェロ弦楽四重奏団

王子ホールマガジン Vol.50 より

40年以上にわたってヴィオラ界を牽引してきた今井信子が、ソリスト、室内楽奏者、そして指導者として世界各地で活躍している音楽仲間と2003年に結成したミケランジェロ弦楽四重奏団は、2年にわたるベートーヴェンの弦楽四重奏曲全曲演奏会を展開中だ。全6回におよぶ公演のうち、Vol.1~3は2015年の2月、Vol.4~6は2016年の2月に開かれる。15年の2月の来日時は各公演の前日、そして公演当日の開場前にも3時間前後はみっちりとリハーサルを行っていた。年間を通してカルテットとして活動できる日数が限られているだけに、世間話もそこそこに驚異的な集中力で音楽づくりに没頭する。Vol.3の公演を翌日に控えた彼らに、リハーサルの合間を縫って話を訊いた――

ミケランジェロ弦楽四重奏団

ミケランジェロ弦楽四重奏団はソリスト、室内楽奏者、そして教育者として国際的に活躍し、弦楽四重奏を共に演奏したいという抗し難い欲求にかられた4名の奏者によって結成された。2015/16シーズンはウィグモア・ホール(ロンドン)、カーネギーホール(ニューヨーク)、ライブラリー・オブ・コングレス(ワシントン)等に出演。またルーマニアのジョルジェ・エネスク国際音楽祭、レジデント・カルテットをつとめるランメルモール音楽祭(スコットランド)などで演奏を行う。15年には、王子ホールでベートーヴェン弦楽四重奏曲全曲演奏会Vol.1~3を行った。批評家は一様にカルテット全体としての高度な技術、音楽家としての豊かな経験と音楽性、そして強靭な感性を称賛し、現在の音楽シーンのなかでも最も興味深いカルテットのひとつと位置づけている。シャコンヌ、パン・クラシックスからCDをリリースしている。

ミハエラ・マルティン(第1ヴァイオリン)

ルーマニア出身。師ステファン・ゲオルギュを通じて、ダヴィド・オイストラフ、ジョルジェ・エネスクに連なる系譜を引き継ぐヴァイオリニストである。モスクワのチャイコフスキー・コンクールで第2位に入賞、第11回インディアナ国際ヴァイオリン・コンクールでの優勝によって、国際的なキャリアを確実なものとした。室内楽ではこれまでにマルタ・アルゲリッチ、ユーリ・バシュメット、今井信子、レオン・フライシャー、メナへム・プレスラー等の著名な演奏家との共演を重ねている。ケルン音楽大学教授。

ダニエル・アウストリッヒ(第2ヴァイオリン)

サンクトペテルブルク出身。サラサーテおよびパガニーニ・モスクワ国際ヴァイオリン・コンクールでの入賞をきっかけに頭角を現し、ロシアの同世代の演奏家のなかでも傑出した存在として高い評価を得ている。ソリストとしてこれまでにモスクワ・フィルハーモニー管、モスクワ国立響、サンクトペテルブルク・カメラータ、チューリッヒ室内管等と共演。また室内楽ではダーヴィド・ゲリンガス、イツァーク・パールマン、サンクトペテルブルク弦楽四重奏団らと共演している。

今井信子(ヴィオラ)

現代を代表するヴィオラ奏者のひとり。桐朋学園大学、イェール大学大学院、ジュリアード音楽院を経て、1967年ミュンヘン、68年ジュネーヴ両国際コンクール最高位入賞。フェルメール弦楽四重奏団のメンバーをつとめたほか、室内楽ではギドン・クレーメル、五嶋みどり、イツァーク・パールマン、ヨーヨー・マ、アンドラーシュ・シフ、ロナルド・ブラウティハムらと共演。アムステルダム音楽院、クロンベルク・アカデミー、ソフィア王妃高等音楽院、上野学園大学で教授をつとめている。

フランス・ヘルメルソン(チェロ)

室内楽、ソロ双方で活躍。これまでに世界の主要な指揮者、オーケストラと共演、数々の国際音楽祭にも出演している。1970年代にはスウェーデン放送響の主席チェリストをつとめ、セルジュ・チェリビタッケより多大な音楽的影響を受けた。ウィリアム・プリースとロストロポーヴィチに師事し、カサド、およびジュネーヴ、ミュンヘンの各国際コンクールで優勝。室内楽奏者、ソリスト、指揮者として多面的な活動を行っている。ケルン音楽大学教授。

 

――ベートーヴェンの弦楽四重奏曲全曲演奏会は以前に1回、スコットランドでやられたそうですね。そのときは今回の王子ホールでのチクルスとは異なり、各公演の間隔が空いていたと聞いています。1週間のうちに3つのプログラムを集中して弾くという、今回のチクルスはいかがですか?

ミハエラ・マルティン(以下「マルティン」) 非常に中身が濃いですね。今回のプログラムに向けて、2週間前から毎日集まって準備をしてきました。Vol.1のプログラムとVol.2のプログラムはドイツでも演奏しました。総じて素晴らしい経験と言えます。練習を重ねることで演奏の質も高まり、数々の点を修正できるようになるし、各自がより大きく貢献できるようになる。メンバーそれぞれが自分のサウンドを持ち寄り、それを融合させる――これは弦楽四重奏をやるうえでのひとつの理想でしょう。もちろん毎日長時間のリハーサルをするのだから疲れますよ。この2週間というのもの、私の頭の中はベートーヴェンに占拠されています。「この旋律は確かあの曲の第2楽章で……」などという考えがひっきりなしに浮かんでくる(笑)。

ダニエル・アウストリッヒ(以下「アウストリッヒ」) 自分にとってベートーヴェンのチクルスに挑めるというのは、集中的にベートーヴェンを研究し、ベートーヴェンを知るまたとない機会です。自分はヴァイオリニストとして、彼のヴァイオリン協奏曲とヴァイオリン・ソナタの一部にしか接してきませんでした。でもここにいる素晴らしい音楽家と共に弦楽四重奏曲を全曲演奏し、ベートーヴェンについて深く学ぶことができるのだから、とても恵まれています。音楽的には自分の音楽人生で最も濃密な1週間を過ごしています。

――ベートーヴェンの作品はそれだけ困難なのですね。

アウストリッヒ 演奏するたびに新たな発見をしようとするし、さらなる高みを目指すわけですから、毎回がチャレンジです。けれども愛着と情熱があるから取り組めるわけで、困難ばかりということでもないですよ。世の中にはベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲に「取り組んでもいい時期」がやってくるのをひたすら待って、50歳になってから初めて演奏する人もいます。自分がミケランジェロ弦楽四重奏団のメンバーになったのは3年前ですが、いきなりこのベートーヴェンのチクルスという巨大なゴールに向かうことになりました。でもそのおかげで恐怖心がなくなったというか、開き直って大きな目標に向かっていけるようになった気がします。

――経験豊富な音楽家がそばにいると心強いのでは?

アウストリッヒ 心強いどころか、彼らがいなければ何もできませんよ(笑)!

――ミケランジェロ弦楽四重奏団として、どの程度ベートーヴェン作品を経験してからチクルスに臨んだのですか?

フランス・ヘルメルソン(以下「ヘルメルソン」) 2007年にOp.18の6曲をレコーディングして、その他に3、4曲を演奏してから全曲に取り組むようになりました。ひと通り演奏してから改めてOp.18を練習すると、やはり新しい発見があるんですね。それがベートーヴェンの天才たる所以でしょう。とても豊かで、オープンで、いつでも何かを学ぶことができるし、学ぶよう求められる。

今井信子(以下「今井」) 確かに過去に取り組んだ作品でも、常に新たな観点で接することができますね。Op.18の作品にしても、レコーディングしたときとは異なる感情や思考で満たされて圧倒されます。これだけの作品を集中して毎日のように演奏するなんて、我ながらよくそんな大変なことをやるなと思います(笑)。

――皆さんのリハーサルする様子を覗かせていただきましたが、20分かけて1つの小節について様々な角度から論じるなど、非常にディテールを大事にされているという印象を受けました。

マルティン 演奏を重ねれば重ねるほど発見も多くなるわけですが、その着眼点が人によって異なる場合もあるし、そうなると解釈が分かれることにもなります。その場合は互いに意見を分かち合って何らかの共通解を見つけなければならない。そういうときはディテールを詰めていくことで、全体に向けての意志統一ができるのです。もちろんイントネーションやフレージングを揃える必要はありますけれど、ディテールの積み重ねが曲全体のキャラクターをつくるのだと考えると、細かな部分をじっくりと詰めていくことは大事な作業だといえます。

――意見が分かれる部分などはどうやってすり合わせていくのですか?
それぞれの解釈に沿って実際に演奏してみて、そのうえで判断する?

マルティン もちろん実際に音を出してみることはよくありますよ。ただ、意見の相違を認識してそれぞれのやり方を試してみると、それなりに時間がかかります。即座に問題が解決されることはありません。だから妥協点を見出すことも大事なのです。一歩身を引くことを知らなければ成立しません。

ヘルメルソン オーケストラの指揮者の仕事を比べると分かりやすいでしょうね。指揮者は自分の意見を明確に持っていて、オーケストラの団員はそれに完全に同意していなくても、指揮者に従わなければなりません。カルテットはその逆で、全員が落としどころを意識しないと。

――ミケランジェロ弦楽四重奏団は常設のカルテットではなく、年に3、4回集まって演奏活動をしていますが、非常設であることのメリットとデメリットはどんなところにあるのでしょう?

今井 良い点は、常にフレッシュでいられること。メンバーはそれぞれ別の仕事を抱えて忙しくしているので、頻繁に腰を据えて話し合うことはできないけれど、そのぶん互いに飽きるということもない。とてもいいバランスだと思いますよ。

――非常設であることのデメリットを挙げるとすると?

アウストリッヒ リハーサルのときから全神経を傾けて集中して取り組まなければなりませんね。弦楽四重奏の演奏は誰でもできるものではないと思います。自分の肉体とエネルギーを常に注ぎ込まなければならないし、非常に神経を使います。

ヘルメルソン ディテールについての話が出ましたけれど、限られた時間のなかでやっているからこそディテールが重要なのです。常設のカルテットで、それ以外の音楽活動をそれほど行っていないのならば、音楽的なコンセプトに多少のズレが生じても、ほとんど自動的に修正されていくでしょう。けれど私たちのように年に数回集まるだけのグループは、細かなところを含めて意思を統一して、互いの「声」をまとめる作業がとても大事なんです。

今井 とてもデリケートな作業ですよね。小節のひとつひとつ、音符のひとつひとつに至るまで常に新たな試みをしますから、お互いに耳を傾けていないと。

マルティン 自分たちが望むほどの時間を練習に充てられないなかで、限られた練習時間から最大限の成果を得なければなりませんし、それぞれソリストとして演奏したり他の人と室内楽を演奏したり、学校で教えたりしていると、弦楽四重奏の演奏に求められる能力とは別のところに重きがいっていることがある。そういうときは短い時間でカルテット・モードに入らなければならない。私たちのような非常設のカルテットにとって難しいのはそういったところですね。

ヘルメルソン 弦楽四重奏は他の室内楽とは一線を画したものだと思います。たとえば私たちのカルテットがもう1人の演奏家を加えて弦楽五重奏を演奏したとします。するとすべてがガラッと変わるんです。

今井 バランスが全く変わりますね。四重奏はエッセンスを凝縮したようなものですから。

ヘルメルソン 私はミケランジェロ弦楽四重奏団を結成する前から室内楽を多く経験してきました。だからカルテットをやろうという話になった時も、「室内楽ならお手の物だ」と思って始めたわけです。でも実際に本腰を入れてみると、自分の考えがいかに甘かったか思い知らされた(笑)!

マルティン カルテットを演奏するうえでは、核をしっかりと持って、そのうえで適宜個性を発揮することが求められるけれど、抑えたり出したりといったバランス感覚は非常に難しいと感じます。ほんの少しだけ出過ぎてもその「核」を傷つけてしまうし、控えすぎると味気ないものになってしまう。非常設であることの数少ないメリットのひとつは、ルーティーン化されていないぶん、そのあたりの加減を柔軟に試せるという点かもしれませんね。何しろマンネリ化するほどの時間を過ごしていないから(笑)。

――ではそろそろ練習に戻っていただきましょう。

一同 ありがとう(笑)。

(文・構成:柴田泰正 写真:藤本史昭 協力:AMATI)

【公演情報】

ミケランジェロ弦楽四重奏団
ベートーヴェン弦楽四重奏曲全曲演奏会(全6回)Vol.4~Vol.6
2016年2月16日(火) 19:00開演 (18:00開場)
2016年2月18日(木) 19:00開演 (18:00開場)
2016年2月20日(土) 15:00開演 (14:00開場)
全席指定 各日6,500円、3公演セット券18,000円

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