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王子ホールマガジン 連載

ピアノという仕事Vol.1 河原忠之

王子ホールマガジン Vol.28 より

数ある西洋楽器のなかでもメジャーな存在といえば、ギターやフルート、ヴァイオリン、そしてなによりピアノだろう。だがピアノで食べている人間はそう多くない――ほとんどの場合は子供のころの『お稽古』で終わるものが、長じて生活の糧を得る手段となるまでに、どういった変遷をたどるのだろう。この連載では王子ホールを訪れる、ピアノを仕事とする人々が、どのようにピアノと出会い、どのようにピアノとかかわっているのかにスポットをあてていく。

第1回のゲストは日本の声楽界を支える名手の一人、河原忠之。彼の場合は「ピアノという仕事」というよりは「オペラという仕事」としたほうが正しいかもしれない。ピアノを基盤として歌の世界とのつながりを深く持っている音楽家だからである――

河原忠之(コレペティトール)

国立音楽大学卒業。同大学大学院修了。年間ステージは100を超え、リサイタル等のピアニストとしてその幅広い音色、繊細な音楽表現には定評がある。 2009年11月国立音楽大学音楽研究所公演プッチーニ『ラ・ロンディネ』にてオペラ指揮デビュー。10年2月に、自身が主宰するGruppo Kappa Opera第1回旗揚げ公演『ヘンゼルとグレーテル』を行い、各方面からの絶賛を浴びた。現在、国立音楽大学及び大学院准教授、東京藝術大学大学院非常勤講師。

 

Q まずは河原さんとピアノとの出会いについて教えていただけますか?

河原忠行(以下「河原」) 両親は音楽をやっていませんでしたし、自宅にピアノもなかった。でも私は音楽が大好きで、ドーナツ盤で聴きまくっていました。友達のなかにピアノを習っている子がいて、どうしてもやりたいと思ったんですね。それで小学校3年生のときに始めたんです。9歳という年齢は非常に遅いスタートですけど、おもしろくておもしろくて、本当に寝る間も惜しんでピアノを触っていました。バイエル教則本から始めたんですが、自分で譜読みして、1ヶ月ちょっとで終わっちゃった。そのぐらい夢中でした。

Q 河原さんは単なるピアニストではなく、正式にはコレペティトール(以下「コレペティ」)、つまりオペラ歌手のコーチングを専門としていらっしゃいます。コレペティを志すようになったきっかけは?

河原 国立音楽大学の付属高校時代、同級生に声楽の男子生徒がいたんです。学年に130人ほどいた中で男子は6人だけで、しかも声楽はたった1人。その声楽の子と仲が良くて、よく伴奏をしていたんですけど、やっていて「こういうの好きだなぁ」と自覚するようになりました。ですからピアノのソロの勉強を続けながら、歌の伴奏もやっていた。それに昔からオペラがすごい好きだったので、オペラに携わる仕事をしたいという気持ちがありました。なので大学院を修了してからイタリアに留学したんです。そのときに知ったのですが、イタリアにはコレペティという存在がいて、劇場を支えている。コレペティは歌手のコーチもするし、オペラにも精通しているから、そこから叩き上げで優秀なオペラ指揮者になった人だって何人もいます。そういう存在を知って、「自分はまさにこういうことをやりたかったんだ!」と目覚めて、そこから2年弱勉強を続けました。その後日本に帰国して、すでに二期会などで活躍していたコレペティの先生たちの下で働くようになったんです。幸い歌手の方々にも気に入っていただけたので、伴奏の仕事も人づてにどんどん増えていきました。そうなるともうこの道に入らざるを得ませんよね(笑)。恵まれていると思います。

Q コレペティとしてオペラに携わる一方で、多くの歌手にリサイタルのピアニストとして信頼を置かれています。王子ホールの主催公演でも林 美智子、望月哲也といった歌手のリサイタルにご出演いただいています。望月さんの公演は今のところドイツ・リートを中心にしていますが、リートも昔からお好きだったんですか?

河原 学生時代は、オペラより先にリートを勉強してたんです。本質的には歌全般が好きなんです。リートはピアノという楽器を最大限に生かしてくれますし、ピアノと歌と1対1というか、歌が伴奏になってピアノが前に出てきたりする場合もありますし、そういうおもしろさがありますね。ですから昔から好きでした。

Q 人よっては『伴奏』という言葉があまり好きではないというか、「あくまでも対等に扱うべきだ」という考えもあるようですが。

河原 私も若い頃は、『伴奏』という言い方に抵抗があったんです。だら「伴奏っていう言葉を使わず、対等にピアノ、ピアニストって書いてほしい」なんて言っていたこともあります。しかし年月を重ねてみると、伴奏って『ともに奏する』という、日本らしくていい言葉だなと思うようになりました。オペラの場合、あたかも歌手が音楽を引っ張っているように感じられる演奏が理想的だと思うのですけど、リサイタルでも同じように感じられたほうがバランスがいいだろうし、感動できるんじゃないかな。もちろん実際の演奏中は歌手と1対1で真剣に向き合っているわけですけど、お客さんから捉えたときには、歌手が主体となって見えたほうがいいだろう、という意識があります。

Q 歌手がいて、それをとりまく音楽は一歩引いたほうがいい?

河原 自分を出しつつも相手の意向に耳を傾け、いいバランスを探っていくという作業はすごく難しい。自分はこうしたいんだっていう主張も絶対にありますし、削りたくない部分も必ずあります。そういった部分をきちんと出したうえで、あと何パーセントかは、林美智子さんだったらこうしてみようとか、望月哲也くんとはああしてみようかな、と考える。そうすれば引き出しも増えるし、それが元の『変えたくない部分』をまた伸ばしてくれる可能性もある。そのバランスのとり具合がとても難しいところです。日本人の場合、そこが極端になっちゃうことが多い。盲目的に追従するか、逆に「私はそんなの認めない」と頑なになってしまう人が多い気がするんです。こうあるべきだ、という意識を持つのは悪い事じゃない。でもアンサンブルって2人でひとつのものだから、混ざりたくないって思ってしまうと成立しません。そこを、どのあたりだったら混ざり合っていけるのか、あと何パーセントぐらいだったら許容できるのか、という余裕を持っておかないといけません。

Q そのへんの『あと何パーセントか』の余裕を持てるようになったのは、これまでのコレペティの経験が活きていたりもするのでしょうか?

河原 経験が一番ですね。自分が持っている器用さもあるでしょうけど――歌を聴いていると何も考えなくても、「あっ、この人こうしたいんだ」というのが分かるんです。だから自分がどうしたいかはさて置き、その人に合わせることはできる。でもこういった部分は教えられる類のものではないんですよね。

Q 河原さんは母校の国立音楽大学をはじめ各所で教えてらっしゃいます。ピアノ科などは特に学生が多いと思いますが、今は非常に多くの学生が音楽で食べていくことの難しさを感じているのではないですか?

河原 おっしゃる通り世の中もこういう状況ですし、たとえば東京大学とかに行っても就職が難しいと言われている時代ですよね。しかも音楽っていうのは本当に先が見えない。生徒の質というのは昔も今もたぶん変わらないと思うんですが、先行きが見えない不安感が今の学生の中にはありますね。教職にしても、10年前だと先生になりやすかったけれど、最近では空きがないから難しいんです。

Q そんななかでも河原さんの後に続く、コレペティを志す生徒たちは増えていますか?

河原 コレペティは裏方の仕事なので、なかなか表舞台には出てこないですよね。それでも一時代に比べればずいぶん認知度が高まってきた。経験がものをいう世界なので、なかなか教える場がないんですが、学校にも『指揮/コレペティ・コース』というのができました。何かきっかけを与える場所は必要ですよね。私がこういった話をしたことが刺激になって、ちょっとやってみようって思う生徒が増えてくれたら嬉しいですね。

(文・構成:柴田泰正 写真:横田敦史)

【公演情報】
林 美智子&望月哲也 ~シューマン生誕200年 歌曲と詩の朗読の夕べ~

2010年10月29日(金) 19:00開演(18:00開場)  

全席指定 6,000円

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