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インタビュー イアン・ボストリッジ

王子ホールマガジン Vol.23 より

洋の東西を問わず興行の世界には験かつぎがつきもので、様々な慣習や独特の言い回しをご存じの方も多いだろう。たとえ ばステージに出る人間に掛ける言葉。イタリアでは「In bocca al lupo(オオカミに食われちまえ)」、フランスでは 「Merde(クソ)」、英語圏では「Break a leg!(足を折ってしまえ)」。クラシック好きにはおなじみの「Toi Toi Toi」 はもともとドイツ語圏の言葉で、日本語でいうと「くわばらくわばら」のニュアンスに近いらしい。語源や字義には諸説あるが、いずれも厄落としのおまじないと理解してよさそうだ。
反対に、口にしてはならない言葉もある。たとえば前記の言葉に「ありがとう」と応えると、ツキが逃げるとされている。 日本ではスルメをアタリメ、すり鉢をあたり鉢と呼ぶ習慣があるように「する」を忌み言葉としており、またイギリスの演劇界では『マクベス』が禁句となっている。ステージ上でこの名を口にするのはご法度。その代わりに『あのスコットラン ドの芝居』と呼ばなければならないそうだ。ではこの禁忌を破るとどうなるのか。テノール歌手、イアン・ボストリッジはこんな体験をしている――

イアン・ボストリッジ(テノール)

オクスフォード大学コーパス・クリスティ・カレッジで歴史学の博士課程を修了後、本格的に 歌手としてのキャリアをスタート。これまでにベルリン・フィル、ウィーン・フィル、シカゴ響、ロンドン響など名だたるオーケストラと共演し、オ ペラにも出演多数。また世界中の主要なホールでのリサイタルをはじめ、エディンバラ、ミュンヘン、ウィーン、オールド バラ、シューベルティアーデなどの音楽祭にも参加している。1999年にはハンス・ウェルナー・ヘンツェが彼のために作曲 した歌曲集を初演。2003~04年、アムステルダム・コンセルトヘボウにてカルテ・ブランシュ・シリーズに出演し、05~ 06年にカーネギー・ホール、08年にロンドンのバービカンで自らのシリーズを開催。CD録音でEMIクラシックスと専属契約 を結び、シューベルトやシューマンの歌曲集を皮切りに、歌曲、オペラ、カンタータなど多岐にわたる録音を残している。01年にオクスフォード大学コーパ ス・クリスティ・カレッジの名誉学士、また03年にはセント・アンドリュース大学の 名誉音楽博士を与えられている。04年には大英帝国勲章のひとつであるCBEを叙任された。

 

 「コヴェント・ガーデンのロイヤル・オペラ・ハウスで『ドン・ジョヴァンニ』を上演したときのことです。第1幕のフィナーレ、ドン・ジョヴァンニが逃げ出す場面では、ステージ上に血だまりがあり、ツェルリーナの白いドレスと手に血がつい ているという演出になっていました。そして私(ドン・オッターヴィオ)がツェルリーナに、『マクベス夫人のようではないか』と声を掛けることになっていたんです」。

あまりの不吉さゆえ、ステージでは決して口にするなとされている『マクベス』。そのセリフから間もなく事件は起きた 。

「第1幕が終わり、ステージから引っ込んで2分後ぐらいでしょうか、舞台転換の真っ最中に、背景の一部であった巨大な金属片が落ちてきたんです。金属片はステージ上で演奏していた楽団のメンバーがチェロを取りに戻って行くところをかすめ、セットをズタズタにしてしまいました。最悪の事態にはなりませんでしたが……」。

世にも奇妙な体験をしてはいるが、当のボストリッジはもちろんマクベスの呪いなど信じてはいない。なにしろオクスフォードで博士号を取得し、本格的に歌手活動を始めるまでは同校で研究生活を送っていたという筋金入りのインテリだ。迷信家どころか徹底して理知的な人間のように思える。この歌う学者はどういったバックグラウンドの持ち主なのだろうか。

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 ロンドンに生まれたイアン・ボストリッジは、幼少よりクラシック音楽に親しんで育った。とはいえピアノやヴァイオリ ンの英才教育を受けたわけではない。

「父が名曲の抜粋版レコードをたくさん持っていて、それをよく聴いていました。クリスマスにストラヴィンスキーの『春の祭典』のレコードを貰って夢中になったり、13歳で全寮制の学校に入ってからはベートーヴェンの交響曲などをよくかけていたのを憶えています。もちろん寮では当時人気があったセックス・ピストルズやクラッシュなども流れていましたけど、自分が好んで聴いたのはクラシック。クラシック以外だとボブ・ディランですね。今でも大好きです」。

だが少年ボストリッジに一番大きな影響を与えたのは、蓬髪のシンガー・ソングライターではなくドイツの名歌手ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウであった。当時14歳だったボストリッジは、ドイツ語の授業で聴いたフィッシャー=ディースカウのレコードに衝撃を受け、たちまちリートの世界に魅せられてしまった。

「自分の部屋でレコードをかけて、ひたすらそれに合わせて歌うんです。そうやって曲を覚えていきました。だから歌詞を覚えるのにずいぶん時間がかかりましたよ!」。

音楽学校に通った経験のないボストリッジは、レコードに刻まれた名歌手のパフォーマンスを何度も何度も真似て、歌う技術を身につけていった。異端といえば異端だが、理論云々よりも師匠を真似ることを第一とする邦楽やインド音楽の伝統に通ずる部分もあるのではないだろうか。

さて多才な彼は学者を志し、オクスフォード大学で歴史学の博士号を取得。テレビ局に2年間勤めた後に研究員として母校に3年間在籍した。この間、18世紀の歴史や政治などを同校で教えつつ、学術書の執筆にも取り組んでいた。

「この時期は比較的時間の余裕もあったので、エージェントと契約して演奏活動をするようになりました。3年の間に少しずつ歌の仕事が増えていって、研究員生活が終わるころには完全に歌手として活動するようになっていました。ですから3年かけて徐々に学者から歌手に変わっていったと言えますね」。

プロの歌手となってからはオペラへの出演やオーケストラとの共演が次々に決まり、リサイタルも成功、一躍その名が知れ渡った。その後の活躍ぶりは改めて紹介するまでもないだろう。

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 今のところ再び学者としてのキャリアを歩むことはないだろうと語るボストリッジだが、執筆活動は続けており、最近では月刊誌『Standpoint』にコラムを連載しているとのこと。

「内容は音楽に関するものが多いのですが、雑多な随想を盛り込んでいます。先日書いたコラムでは、1990年代の日本の不動産バブルの崩壊と2008年秋から世界が直面している金融恐慌、それと18世紀の投機ブームを比較し、『冬の旅』を交えつつ論じています」。

投機マネーと『冬の旅』がどうつながるのか興味深いところだが、ともかくボストリッジのコラムは音楽だけでなく社会や政治、そして科学なども入りまじった内容のようだ。それにしても評論という非常に理知的な作業と、歌唱という時として論理を超えた領域での作業と、ずいぶんかけ離れているように感じられるが、当人は「誰しも理知的な部分とそうでない部分とを持ち合わせていると思います。コラムを書き、歌を歌うことで私はその両方を表に出せるので、とても恵まれている と思います。どちらも楽しい作業ですよ」と事もなげに言う。

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 2008年11月の王子ホール公演の際は、開演するほんの数分前まで分厚い本を熱心に読みふける姿が印象的だった。読んでいたのは、ジャーナリスト、トーマス ・フリードマンの『Hot, Flat and Crowded』という作品。地球温暖化などを扱ったノンフィクションである。

「読んだ直後にステージでブリテンの『冬の言葉』を歌ったら、歌詞から受ける印象が以前とは変わっていることに気が付きました。《11月のたそがれ》の「. . . no tall trees grew here, / That none will in time be seen(かつて背の高い木はここにはなく / やがて木がなくなるとは思いもよらず)」という歌詞であったり、《生まれる前とそのあと》の 「Before the birth of consciousness / When all went well(意識が生まれるまでは / 万事がうまくいっていた)」など、歌いながら、ああ、このまま環境破壊を続けていくと人類が絶滅して『意識』なんてものも失われるのだな……なんて想いがよぎりました。ステージで歌い始めるまでは、コンサート前の読書と演奏曲目がつながるなんて思いもしなかったのに、いざ歌い始めると変化が起きる。だからこのように本を読んだり絵を眺めたり、あるいは映画や芝居を観ることは、自分の中でレパートリーの新鮮さを保つ秘訣なんです」。

経験や知識を蓄積することで、毎回新たな気持ちで作品に接することができる。演奏中に感じたことをコラムの執筆に活かし、また執筆するうちに得たひらめきを演奏に反映させる……こうして理性と感性を循環させることでイアン・ボストリッ ジは進化を続けてきたのだろう。

ちなみに王子ホールでのリサイタルでは、前半にブリテンの歌曲集『この子らは誰?』と『冬の言葉』を、後半にはノエル・カワード、コール・ポーター、クルト・ワイルによるキャバレー・ソングを演奏するという内容だった。ボストリッジは昨年、イギリスで『ホームワード・バウンド』というご自身のシリーズ企画を開催し、キャバレー・ソング・プログラムを披露している。

「ホームワード・バウンドではキャバレー・ソングのみのプログラムでした。王子ホール公演のように、キャバレー・ソングをよりシリアスな作品と一緒に演奏したことはなかったのですが、やってみてよかったと思います。というのは一緒に演奏することで双方の間にある壁を崩すことができるからです。たとえばノエル・カワードの「20世紀のブルース」という非常にダークな歌を、ブリテンの描いた戦争についての歌やクルト・ワイルの南北戦争の歌と並べて演奏することで、新たな文脈におくことができたようにおもいます」。

プログラムを組むときは常に何らかのストーリーを想定すると語るボストリッジ。歌詞のテクストのつながりによる可視的なストーリーである必要はなく、『心の旅』とでもいうべき流れをそこにつくりたい、ということだった。ではもしまた王子ホールで演奏することがあったら、どういったプログラムを組むだろうかと訊ねると、ひとつの可能性としてシューベルトの歌曲を挙げた。

「ついこの間もバービカン・ホールで内田光子さんと『冬の旅』をやりましたが、小さなホールでもシューベルトを歌いたいですね。大きいホールで歌うのもいいですけど、ときには小さな親密な空間に立ち戻りたいんです」。

次にいつ王子ホールでその歌声を聴けることになるか現時点では明言できないが、きっとまたユニークな『心の旅』を体験させてくれることだろう。

(文・構成:柴田泰正 写真:keiko kurita 協力:パシフィック・コンサート・マネジメント)

【公演情報】
イアン・ボストリッジ&ジュリアス・ドレイク
2008年11月13日(木) 19:00開演(18:00開場)
全席指定 9,000円

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