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インタビュー ジョナサン・ビス

王子ホールマガジン Vol.24 より


(c)Jillian Edelstein

ジョナサン・ビス(ピアノ)

アメリカの音楽家の家系に生まれ、6歳でピアノを習い始める。イーブリン・ブランカート、レオン・フライシャー に師事。2000年にリサイタル・デビュー。これまで欧米の主要オーケストラとの共演を多数果たしており、世界各地の音楽祭にも出演。録音ではEMIと契 約、最新盤は08年リリースのモーツァルト協奏曲集(共演:オルフェウス室内管弦楽団)。モーツァルト、べートーヴェンから始まり、ロマン派を経てヤナー チェクやシェーンベルク、そして現代作品に至るまでの広範囲で多様なレパートリーを持つ。 アメリカやヨーロッパでの演奏活動を通してそのプログラム構成、芸術的な成熟、多岐に亘る才能で国際的な評価を受けている。

 

――今回初登場となられる王子ホールにはあなたの師であるレオン・フライシャーさんも登場していただいているのですが、ご存知でしたか?

ジョナサン・ビス(以下ビス) ええ、実は初来日のときに名古屋でフライシャー氏と共演したのですが、王子ホールでの リサイタルを終えてきた彼から、聴衆、音響、スタッフ、全てがすばらしいと名古屋にいる間中ずっと聞かされていました(笑)。彼があれだけ誉めるホールなので、ぜひ一度コンサートをしたいと思っていただけに、今回のリサイタルはとても楽しみです。それから席数が315席と聞いて、ますます心惹かれるものを 感じています。

――小さなホールがお好きと聞きましたが?


(c)J.Katz/EKI Classics

ビス ええ、小さめのホールが好きですね。でもだからといって大きいホールが嫌いだと言うわけではありませんよ。
 これまでの演奏活動で私はあらゆるサイズの会場で演奏をしてきました。聴衆がたとえ1人でも2000人でもその価値において変わるものではありません。ま た音響もホールによって本当に千差万別です。でも500席以下の空間では聴衆をとても近くに感じることができます。大きなホールや音響の悪い会場では、ど うしてもこのピアニッシモは果たして会場の奥の席ではどのように届いているだろうか、とか、いろいろと音楽以外のことにも気を配らなくてはならなくなりま す。何よりも小さいホールの方が聴衆の皆さんを肌で感じることができるので大好きです。聴衆の反応を感じることで私自身が更なるインスピレーションを得る ことができますし、私と音楽との対話だけでなく、私と聴衆との対話、そして聴衆と音楽との対話が自然に成立するのです。これは本当にすばらしい瞬間です。 特に日本のように集中力を持って聞いてくださる聴衆であれば最高ですね。

――今回のプログラムではハイドンを取り上げましたが、それは没後200年を意識なさってのことですか。

ビス 残念ながら違います。ハイドンは私の大好きな作曲家の1人です。ですからプログラムを作るときの候補作品のリス トには彼の名前が必ず入っていました。ところが、いろいろ組み合わせを考えているうちに落ちてしまって、ここ5年ほど演奏する機会を逸していたのです。そ こで今年こそ絶対にプログラムに入れようと考えて、ハイドンには二重丸をつけてプログラム作りをし、今回実現の運びとなりました。実はプログラムができた後で没後200年の年にあたると気が付いたのです。ハイドンが働きかけてくれたのでしょうか(笑)。ハイドンは現代においてはモーツァルトの影に隠れて、過小評価されがちな作曲家ですが、その作品はどれも個性的で、新たな発明に満ちています。ピアノ三重奏だって、彼が生み出したといっていいでしょう。それ から彼の作品はとてもユーモアにも富んでいるところも魅力ですね。

――そしてシューマンの《クライスレリアーナ》は録音もなさっていますね。

ビス シューマンの音楽、それは私が初めて恋に落ちた音楽です。15歳の時に初めて弾いて、夢中になったのが彼の作品 でした。彼の音楽に対する愛は今でも変わりません。そして聴く方々には是非、彼の率直で、赤裸々なまでの感情表現を聞いていただきたいですね。この作品に もさまざまな感情が次々と矢継ぎ早に表れます。そしてそれらは長く続かないのですが、とても深遠な感情でもあるのです。ですからうかうかしていると置いて きぼりにされかねません。また、とても深い表現でありながら、あるときは距離をおいてそれを見ているようなところもあります。つまり感情におぼれることが ないのです。そして深刻かと思うと、とてもユーモラスに変わっている……。聴くほうも油断ができませんが、それもまた楽しんでいただけるかと思います。音楽の中に身を任せ、その中に入っていけば、この音楽のもつ圧倒的な訴える力に気が付かれることでしょう。15歳のときからすでに13年間この作品を弾いて きていますが、弾くたびに私の中で何かが変化したのを感じます。そして弾くたびにいっそう好きになる作品でもあります。
 シューマンの音楽は複雑な人間の心への窓だと言う人がいます。CDのライナーノーツでも書いたのですが、私の場合は魂のレントゲン写真を撮るような気持ち になります。

――シューマンの音楽が初恋の音楽ならば、ベートーヴェンはどのような存在なのでしょう。ベートーヴェンに対して特別な思いがあると聞きましたが。

ビス 私のベートーヴェンへの思いは生涯変わることがない、と思われるほど、強いものです。彼は作曲家以上の存在で す。彼の個性、人格が持っている力のすごさ。彼の音楽を弾いていると、彼が同じ部屋にいるのを感じることができます。ベートーヴェンはとてもユニークな ヴィジョンの持ち主であり、それを語る彼の声(音楽)もまた他に類をみません。そして弾いていると彼に取って代わられてしまったような気持ちになることさ えあります。ベートーヴェンの音楽は思わず聴いてしまう、無視することのできない音楽であり、彼の精神そのものなのです。

――後半は、そのベートーヴェンとヤナーチェクの組み合わせですね。

ビス ヤナーチェクのピアノ・ソナタ《1905年10月1日、街頭にて》も私の大好きな作品の1つです。とても悲劇的 な作品ですが、ベートーヴェンと違う点は、ヤナーチェクが悲劇を受容していることです。彼はベートーヴェンとは違った形で悲劇を見つめ、怒りを表現しまし た。そのような意味においても今回のプログラムでベートーヴェンと並べて聞いていただくと、とても面白いのではないかと考えました。この2つのソナタの作 曲年にはおよそ100年の開きがあります。でも1世紀を超えてこれらの作品には呼応しあう部分があり、音楽的な対話が成り立っている、と私は思うのです。

――ヤナーチェクがソナタの楽譜を投げ捨てたとされるプラハには行かれたことがありますか。

ビス 残念なことにまだ行ったことがありません。チェコは行ってみたい国の1つです。
 でも、最近訪れた場所で深く印象に残ったのは、ハンガリーのブタペストですね。
 僕はアメリカのユダヤ人家庭に育ちました。母はイスラエルからの移民で、父はアメリカに生まれ育ちましたが、父方の祖父はウィーン、祖母はロシアの出身です。このような環境で育ったせいか、私自身、自分のルーツを強く意識したことがありませんでした。ただ、母の両親はハンガリーの出身だったのです。こうし てブタペストを訪れたわけですが、当然のことながら、行ってみたら周りの人々がみなハンガリー語を話していました。言葉はまったく理解できないのですが、 その言語の響きに何かとても懐かしいものを感じたのです。それは家に帰ってきたような心地よさでした。これは驚きであり、面白い発見でした。初めて訪れた土地でありながら、着いた瞬間からその地は私にとって特別なものとなったのです。それから食べ物も祖母が幼いときによく作ってくれたもので、それもまた何 か懐かしい気分にさせてくれました。さらに忘れてはならないのが、この国がいかにすばらしい、豊かな音楽の伝統を持った国か、と言うことです。ハンガリー の民族音楽、そしてバルトーク、クルタークの音楽には何か親しみを感じていました。そして思い返してみたら、好きな演奏家にもハンガリー出身の人が多かっ たのです。ブタペスト四重奏団、ヨゼフ・シゲティ、アンドラーシュ・シフ、と言った具合です。とにかく何か強い接点、つながりを感じずにいられない国でし た。

――そして日本には3度目の来日となるわけですね。

ビス そのとおりです。でも過去2回の訪問ではほとんどどこも見ることができなかったので、ありきたりだと笑われそう ですが、是非一度京都に行ってみたいと思います。もちろん和食も大好きですけど、今世界で和食が嫌いなんて人がいるんでしょうか。前回は日本語も分からないし、東京がとても広いので都内を歩くのも恐る恐るでしたが、日本の方々はとても優しい方が多いので、良いアドバイスをいただいて東京の中もいろいろと探索できたらうれしいですね。銀座も素敵な街だと聞いていますし……。
 皆さんと王子ホールでお会いできる日を心から楽しみにしています!

(取材・文:奥野りえこ(音楽ジャーナリスト) 協力:ジャパン・アーツ)

【公演情報】
ジョナサン・ビス
2009年7月14日(火) 19:00開演(18:00開場)
全席指定 5,000円

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