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王子ホールマガジン 連載

ピアノという仕事Vol.8 レイフ・オヴェ・アンスネス

王子ホールマガジン Vol.36 より

数ある西洋楽器のなかでもメジャーな存在といえば、ギターやフルート、ヴァイオリン、そしてなによりピアノだろう。だがピアノで食べている人間はそう多くない――ほとんどの場合は子供のころの『お稽古』で終わるものが、長じて生活の糧を得る手段となるまでに、どういった変遷をたどるのだろう。この連載では王子ホールを訪れる、ピアノを仕事とする人々が、どのようにピアノと出会い、どのようにピアノとかかわっているのかにスポットをあてていく。

今回の「ピアノという仕事」に登場するのは、2011年9月に王子ホールでは3度目となるリサイタルを開いたレイフ・オヴェ・アンスネス。東日本大震災、そして母国ノルウェーでのテロ事件から程なくしての来日であったが、テロ犠牲者の追悼コンサートへの出演などを通じて「確かに音楽にできることはあるし、人々が音楽を必要としていることを実感した」と語っていた。「クラシック音楽は自然災害や戦争やテロといった様々な出来事を経験し、何百年という時間を生き抜いてきました。真に美しいものは生き延びるんです」とも――

レイフ・オヴェ・アンスネス(ピアノ)

ノルウェー生まれ。ベルゲン音楽院でイルジ・フリンカに師事。1987年のデビュー以来その評価はゆるぎなく、国際的な名声を獲得している。リサイタルや一流オーケストラとの共演の他、室内楽やレコーディングも積極的に行っている。これまで30枚以上のCDをEMIクラシックよりリリース。グラモフォン賞を4回受賞するほか、グラミー賞にも7回ノミネートされている。02年 にはノルウェーで最高の名誉とされるノルウェー王国聖オラフ勲章を受勲。

 

Q まず音楽、そしてピアノとの出会いについてお話しいただけますか。

レイフ・オヴェ・アンスネス(以下「アンスネス」) 両親が音楽教師をしていて、家ではクラシックに限らずいろいろな音楽が流れていました。(ちなみに父は学校の吹奏楽部の顧問で、私も昔はユーフォニウムを吹いていたんですよ。)ピアノとの出会いでいうと、子供のころに両親がピアノを弾いたり、生徒を教えているのに接したのが最初でした。その様子を見て自分もやりたくなって、4歳半ぐらいのときから両親に教わるようになりました。8歳になると親に教えてもらうことに飽きてきて、地元の別の先生について学ぶようになりました。
 私はノルウェー西部の人口3万人ほどの島の出身なんですが、幸いとてもいい先生にめぐりあい、その方に14歳まで習いました。そして15歳のときにチェコ人のイルジ・フリンカ先生に学ぶようになって、この先生の勧めもあって特例として16歳でベルゲン音楽院への入学が許されました。ほかの生徒たちと一緒に寮生活をしていたので、周りは19歳以上の学生ばかり。当時は年上のお姉さんたちに夢中になりました。子ども扱いされたけど(笑)。

Q フリンカ先生はどのような存在でしたか?

アンスネス 非常に情熱的で、いつも刺激を与えてくれる人でした。ピアニスティックな面では手や体の動きを意識させる訓練をしたり、音楽におけるコントラストの重要性を説いたり。先生のレッスンを受けた後はすぐに練習をしたくなるんです。教わったことをしっかり身に着けたいと思わせてくれる。私はとても内気なタイプだったので、彼の『闘魂注入』的な教育は自分にとって必要な刺激でした。

Q 音楽院では何年ぐらい学んだのですか?

アンスネス 7、8年在籍して、その後もフリンカ先生のレッスンは受け続けました。それから24、5歳のときにベルギー人のジャック・ドゥ・ティエージという先生に出会いました。音づくりや運指による効果の出し方という点では、彼ほど繊細な感覚を持った人を知りません。今でも彼にはときおり教えを受けています。この仕事をしていると、ある程度のレベルになるとアドバイスを受けられる人は少なくなりますが、私は幸運にも素晴らしい人々から学ぶことができる。信頼できる人間と意見を交換して、アドバイスをもらうことは大事です。

Q 室内楽も若いころからやっていましたか?

アンスネス ベルゲン音楽院に入る前はもっぱらひとりで弾いていましたけど、入学してからはすぐに他の人と一緒に演奏するようになりました。最初はヴィオラ奏者や歌手と一緒に演奏したんですが、それが本当に楽しかった。だから学生時代はピアノ独奏と同じぐらいの時間を室内楽に費やしました。自分にとってほかの人と一緒に音楽に取り組み、その素晴らしさを共に解きほぐしていくという作業はとても充実したものです。室内楽というと今日では閉鎖的なマイナー分野という印象を持たれるかもしれませんが、そもそも室内楽というのはもっとも自然な音楽のかたちではないかと思います。自分と数人の友達が集まって好きな音楽をやる――ギターやベースを持ち寄ってバンドを組むのと、カルテットで演奏するのは同じ感覚だと思いますよ。

Q コンサートピアニストとしてのキャリアはどのように築いていったのですか?

アンスネス 大きなピアノコンクールには出場しませんでしたが、ユーロヴィジョンというヨーロッパ全土でテレビ放映される大会で、18歳のときに2位になりました。(ちなみにこのときの優勝は当時14歳だったジュリアン・ラクリンでした。)これは大きかったですね。その後は多くのコンサートのお誘いを受けるようになりました。小さな国の出身というのはデメリットにもなりますが、逆に目立つ実績を残せば知名度が飛躍的に上がるという面もあります。私の場合は母国ですぐに名前が売れまして、オーケストラとの演奏機会に恵まれ、19歳のときにはマリス・ヤンソンス指揮オスロ・フィルとエジンバラ音楽祭でグリーグの協奏曲を弾きました。これがきっかけとなってイギリスのオーケストラへの出演が増え、レコーディングやコンサート出演の機会も広がっていったんです。

Q キャリアの初期のころと今とでプログラミングの傾向は変わりましたか?

アンスネス 私は曲を習得するのに時間をかけるタイプなので、プログラムも限定的でした。年間のリサイタル・プログラムは2つほど、コンチェルトは3曲か4曲といった具合です。22、3歳ぐらいまでは、コンチェルトはプロコフィエフの第3番、リストの第2番、グリーグ、そしてモーツァルトのニ短調の4曲しか弾きませんでした。けれど24、5歳ぐらいになると、自分のレパートリーの狭さがいやになってきて、もっとリスクを背負っていろいろな曲に挑戦しようと思うようになりました。自信がついてきたというのもあります。今になって振り返ると、けっこういろいろな音楽をやるようになったなと(笑)。
でも昔はハイドンやモーツァルトといったウィーン古典派の作品はしっくりこなかったんです。これらは30歳ぐらいになってようやくその音楽性を体得できるようになりました。現代音楽も学生時代にはまったく弾かなかったので、古典と現代という双方向にゆっくりとレパートリーを拡大していったといえますね。

Q 王子ホールでのこれまでの公演も含め、リサイタル・プログラムにはいつも物語を感じます。

アンスネス リサイタルで演奏するときの感覚は、俳優が物語を朗読するときのそれと似ていると思います。ある種のストーリーを詩的な声で客席に届ける――ピアノの場合、それは言葉で紡がれたものではなくて、具体的な意味すらないかもしれないけれど、そこにはやはり音楽的な意味、音楽的なストーリーがある。私自身、そういった物語性が感じられる音楽に魅力を感じます。自分のリサイタルではソナタの大曲ばかりでなく、こういった小品も大切に弾いていきたいですね。

Q ときおり弾き振りをされますけれど、指揮に専念したいという願望は?

アンスネス それはありません。ピアノで演奏したい音楽があまりに多い。それに室内オーケストラを何度か弾き振りしたかといって急に指揮者になれるわけでもありません。楽器を毎日弾くのと同じように、指揮だって日々の鍛錬が必要です。先週はヘルベルト・ブロムシュテットと共演しましたが、彼のようないぶし銀の指揮は見ていて惚れ惚れしますね。若くエネルギーに溢れる指揮者も結構ですけど、ベテラン指揮者は何が必要で何が必要でないかを瞬時に見分ける。それというのも何十年という経験があるからです。ピアノと同じで、片手間にできる仕事ではありません。

Q ピアニストとして今後数年のうちに開拓していきたいプログラムは?

アンスネス 大きなプランとしてベートーヴェンの協奏曲とソナタがあります。まだそれほど弾いていないショパンも勉強したい。ドビュッシーを中心としたフランスものも増やしたいし、まだまだやりたいことはあります。

Q たとえばベートーヴェンのソナタを全曲演奏するとか、そういったプロジェクトに関心はありますか?

アンスネス 「全曲演奏」と謳ってしまうと、全曲を弾くという目的を重視するあまりに、ときとして中途半端なクオリティになってしまう恐れがある。ピアニストとして全曲を弾くというのは面白い旅になるでしょうけど、それをまとめて弾くことにどれだけの価値があるかは考える余地がありますね。自分の場合、何年もの時間をすべてベートーヴェンのソナタを全曲演奏するために費やすのではなく、いい演奏ができそうなソナタをいくつか選んで、残りの時間は別の作曲家に費やしたほうがいいように思います。

Q そうやって常に取捨選択をしていくわけですね。

アンスネス 「なんて素晴らしいんだろう、ぜひ弾いてみたい」と思う曲もあれば、「なんて素晴らしいんだろう、でも自分が弾かなくてもいいだろうな」と思う曲もある。たとえば私は今までラヴェルのピアノ作品をひとつも弾いたことがありません。ラヴェルは好きなんですよ。本当に素敵な音楽だと思う。でも自分がラヴェルを演奏するとなると、いまひとつピンとこない。聴くぶんには最高なんですけど、自分が弾く必要性を感じない。ピアニストとして生きていく以上、常にこういった選択に迫られるんです。好きな曲をすべて弾けるほど人生は長くないから(笑)。

(文・構成:柴田泰正 写真:横田敦史 協力:ジャパン・アーツ)

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