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インタビュー アリーナ・イブラギモヴァ

王子ホールマガジン Vol.40 より

着実に経験を重ね、欧米のみならずアジアでも人気上昇中の若手実力派ヴァイオリニスト、アリーナ・イブラギモヴァ。9月には盟友のセドリック・ティベルギアンと3日間にわたってベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全曲演奏を果たします。同ツィクルスは2010年にロンドンのウィグモア・ホールで実施し、ライヴ盤アルバムでも非常に高い評価を得ているだけに期待が持たれます。公演に先立ち、注目のヴァイオリニストの全曲演奏への取り組みや今後の活動について、ロンドン在住の音楽ライター、後藤菜穂子氏によるインタビューをお届けします。

アリーナ・イブラギモヴァ(ヴァイオリン)

ロシア生まれ。4歳でヴァイオリンを始める。1996年に家族と共にイギリスに転居、97年よりメニューイン音楽学校、ロンドン王立音楽院で研鑽を積む。複数の国際コンクールに入賞の後、2002年にソロ活動を開始。BBCラジオ3の新進音楽家育成プログラムのアーティストに選出されるなど早くから評価が高く、これまでに数々の著名指揮者・オーケストラと共演を重ねている。ザルツブルク・モーツァルト週間2005ではヴァイオリンの弾き振りでクレメラータ・バルティカとの共演を果たし、その後同団とは頻繁に舞台に立っている。使用楽器はゲオルグ・フォン・オペルから貸与されたピエトロ・グァルネリ(1738年)。

 

――前回の来日では、オーケストラとの共演とバッハの無伴奏のリサイタルでしたね。

アリーナ・イブラギモヴァ(以下「イブラギモヴァ」) はい、2011年に名古屋フィルハーモニー管弦楽団とショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番を共演し、また東京でバッハの無伴奏ソナタとパルティータを演奏しました。日本には、それ以前にもプライヴェートで訪れたことがあります。

――今回はデュオ・パートナーのセドリック・ティベルギアンとの来日で、ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全曲を取り上げます。ヨーロッパではすでに二人で何度も演奏しており、ウィグモア・ホールのライヴ盤もでています。

イブラギモヴァ ウィグモア・ホールでは、一年の間に3回にわけて全曲を取り上げました。それに合わせてロンドン以外でも毎回4、5公演ずつあったので、かなり弾きこむことができました。今回王子ホールでは3日連続で全曲を弾くことができるので特に嬉しいです。
 3日連続で全曲を演奏したのは、これまで2009年に英国のオールドバラで1回だけです。それはセドリックと私が初めてベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタに取り組んだ時だったのですが、これらの曲を掘り下げて学ぶたいへん良い機会となりました。ですので、今回も連続して全曲を弾けるのをとても楽しみにしています。

――曲順はどのように決めたのでしょうか。

イブラギモヴァ 最初に二人で相談して決めました。CDでもこれまでのコンサートでも、いつもこの順番で弾いています。理想的には年代順に弾いてみたいのですが、セット券のみの販売にしないかぎり、どうしても後期のソナタにお客さんが集中してしまうので、どのプログラムにも興味を持ってもらえるように考える必要がありました。

――ソナタ全曲に取り組んできた中で、10曲を通じてのベートーヴェンの様式の変遷についてはどのようにお考えですか。ピアノ・ソナタや弦楽四重奏曲と違って、ヴァイオリン・ソナタにはいわゆる晩年の作品がないですよね。

イブラギモヴァ たしかに最晩年はありませんが、第10番のヴァイオリン・ソナタは作品96なので、かなり後期のスタイルに近づいていると思います。全曲を弾くことによって、ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタに対する考え方の変化がわかって興味深いです。初期のソナタは、どちらかというとピアノがメインですが、あとの方、たとえば《クロイツェル・ソナタ》では冒頭がヴァイオリンの無伴奏で始まるなど、曲のキャラクターが全然違ってきています。その意味では、いずれ作曲年代順に弾いてみたいですね。また、個人的には第7番のハ短調のソナタも個性的だと思っています。とても美しい曲であると同時に、曲のキャラクター、そのドラマ性、展開の仕方などに魅力を感じます。

――その一方で、いわゆる《スプリング・ソナタ》はベートーヴェンにしては抒情的で、明朗な作品ですよね。

イブラギモヴァ どうでしょうか。私自身はこの曲に対して「春」のイメージは持っていません。たぶんベートーヴェンが付けたのではなく、あとで出版社が付けたものですよね。私にとってはそれほど軽やか曲ではなく、暗い部分もあるように感じます。同様に、初期のソナタにも若きベートーヴェンのクレイジーな面がでていると思います。

――ピアニストのセドリック・ティベルギアンさんとのパートナーシップは何年になりますか。

イブラギモヴァ 8年になります。二人とも同じ時期にBBCニュー・ジェネレーション・アーティストに選ばれ、その時に共演したのがきっかけで、それ以来ずっとデュオを組んでいます。

――ティベルギアンさん自身、ソリストとしても活躍しており、そうしたすぐれたピアニストとパートナーシップと組めるのは幸せですね。

イブラギモヴァ はい、私たちはまちがいなく〈デュオ〉であり、彼は伴奏ピアニストではありません。 私たちはリハーサルで弾く時も、言葉で何かを相談することはほとんどありません。つねに、お互いの演奏へ反応する形で進み、すべてがフレキシブルで、先に何かを決めておくということはありません。
 もちろんそれは私たちが長いことデュオを組んでいて、お互いをよく知っているからできることです。こう弾けば、相手がどう出るか予測できますし、お互いを信頼しているので、何が起こっても大丈夫だという安心感があります。それは私たちにとってとても重要なことです。

――ティベルギアンさんとの次のプロジェクトは何ですか?

イブラギモヴァ 最近、シューベルトのヴァイオリンとピアノのための全作品をリサイタルで取り上げ、レコーディングも終えたところです。ベートーヴェンの音楽というのはとてもシャープですが、シューベルトの音楽はより息が長く、表現も繊細で、まったく違うアプローチが必要でした。
 次のセドリックとのプロジェクトは、モーツァルトのヴァイオリン・ソナタ全曲シリーズです。ウィグモア・ホールでは、2014年に5回にわけて取り組みます。

――アリーナさんは、ピリオド楽器でも演奏されますが、今回のようにモダン楽器でベートーヴェンを演奏する時にもピリオド奏法のアプローチが反映されているのでしょうか。

イブラギモヴァ この時代の音楽を演奏する時には、モダン楽器で弾く時でも、自然とピリオド奏法の影響は受けていると思います。もちろんピリオド楽器で弾けば、また違った演奏になりますが。ちなみに私はモダン楽器で弾く時でも巻ガット弦[注:金属を巻いたガット弦]を使っています。

――アリーナさんは、キアロスクーロ・カルテットという、ピリオド楽器の弦楽四重奏団を組んでいます。その時は違う楽器を使われるのですか。

イブラギモヴァ はい。キアロスクーロの時は、ガット弦を張ったクラシカル・タイプの楽器とクラシカルの弓を使い、クラシカル・ピッチで演奏します。

――キアロスクーロ・カルテットの活動について教えてください。

イブラギモヴァ キアロスクーロ・カルテットは、ピリオド楽器を用いたクラシカル・カルテットで、2005年に結成しました。古典派のレパートリーを中心に、ボッケリーニ、ハイドンあたりからシューベルトやメンデルスゾーンあたりまで演奏しています。
 私たちはコンサートがあってもなくても、毎月集まって5〜7日間リハーサルを行い、なるべくレギュラーなカルテットを目指しています。ただ4人とも別々の都市に住んでいるので、毎回集まる場所が違って大変ですが。

――キアロスクーロ・カルテットではベートーヴェンの弦楽四重奏曲はどれくらい演奏してきましたか?

イブラギモヴァ ベートーヴェンの弦楽四重奏曲では、これまで作品18、作品74《ハープ》と作品95《セリオーソ》を演奏しています。作品95は最近レコーディングをして、モーツァルトの弦楽四重奏曲とのカップリングでリリースされたばかりです。

――《セリオーソ》は、第10番のヴァイオリン・ソナタと同時期の作品ですね。ベートーヴェンの弦楽四重奏曲を弾くことは、ヴァイオリン・ソナタを弾く上でも参考になりますか。

イブラギモヴァ 室内楽全般に言えることだと思いますが、他の奏者の演奏していることにより注意深く耳を傾け、より敏感に反応できるようになると思います。それは私がセドリックと弾く時にも、オーケストラと弾く時にも必要なことです。

――アリーナさんは、クレメラータ・バルティカやブリテン・シンフォニア、さらにアカデミー・オヴ・エンシェント・ミュージックなどと弾き振りもされています。弾き振りの魅力はどんなところにありますか。

イブラギモヴァ こうしたグループはみんな指揮者なしで弾くことに慣れているので、指揮者に従うのでなく、奏者たちがお互いに注意を払い、一緒に音楽を作っていくというプロセスが好きですね。

――それは室内楽のような感覚なのでしょうか。

イブラギモヴァ そうですね。そもそも私の理想の世界では、指揮者がいたとしても、すべてが室内楽のように演奏されるべきだと考えていますが。

――室内楽には早い頃から興味を持っていましたか?

イブラギモヴァ はい、メニューイン・スクール時代から室内楽は大好きで、積極的に取り組んできました。メニューイン・スクールには優秀な室内楽の先生がいらっしゃいました。

――アリーナさんの在学中、メニューインはまだご存命でいらしたのですよね。どんな思い出がありますか?

イブラギモヴァ 生徒70人の小さな学校なので、メニューインはみんなの名前を覚えていて、生徒たちのことを気にかけていました。よく学校を訪れ、一人ひとりと話していました。

――尊敬するヴァイオリニストについて教えてください。

イブラギモヴァ ヴァイオリニストは誰でもそうだと思いますが、最初はもちろんオイストラフですね。そのあとはクレーメルとツェートマイヤーです。それから私が師事してきた先生たち、メニューイン・スクールのナターシャ・ボヤルスキ、王立音楽大学のゴーダン・ニコリッチ、それからクリスティアン・テツラフです。

――テツラフからはどんなことを学びましたか?

イブラギモヴァ テツラフからは演奏家としての実践的なことをいろいろと学びました。たとえばオーケストラと協奏曲を弾く時に、ある個所では管楽器のソロが聴こえなくなるからあまり大きく弾かないようにとか、そうした具体的なアドバイスをたくさんもらいました。彼に言われて、私も普段から必ずスコアを見ながら練習するようになりました。そうすることで、つねに誰が何を弾いているか把握し、音楽を構造的に考えることができます。こうした彼の音楽への姿勢に触れることによって、私自身の音楽に対する考え方も変わりました。

――最後にアリーナさんの今後のご活動について教えてください。

イブラギモヴァ これからもヴァイオリニストとしていろんな分野での活動を続けていきたいと思っています。コンチェルト、室内楽、リサイタル、弾き振り、ピリオド楽器での演奏などに、うまく時間を配分して取り組んでいきたいです。

――日本でも、毎回アリーナさんの違った面を見せてくれることを期待しています。今日はありがとうございました。

(取材・文:後藤菜穂子 写真:Sussie Ahlburg、掘田力丸 協力:ユーラシック)

【公演情報】
アリーナ・イブラギモヴァ&セドリック・ティベルギアン
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ全曲演奏会

2013年
9月18日(水) 19:00開演(18:00開場)
9月19日(木) 19:00開演(18:00開場)
9月20日(金) 19:00開演(18:00開場)
全席指定 各日5,500円、3公演セット券15,000円

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